山里の清−3
吉田
約束の土曜日、学校は休みだし、蕎麦屋も次のシフトは月曜日だ。俺は、親の許可も得て、駅西口で約束の10時よりも30分も前に着いてしまったが、吉田はすでに大荷物を抱えて座り込んでいた。俺は吉田の指示で、ジャージの上に頑丈な繋ぎを着せられ、ロープ、強力ハンドライトとか色々装備させられ、身軽でスマートに決めた吉田と護衛の山岳警備隊の様になってしまい、2人して大笑いした。吉田が朝飯を用意してきていたので、たっぷり食って出発した。やっぱり、吉田は料理の天才だと思った。斜面を上り始めると、少し汗ばむ程の良い天気だ。森に突入すると急に真っ暗になる。徐々に目が慣れて来ると、上の日差しが強いだけに、地面の木漏れ日模様はくっきりと見えて、まるで何かの文字で綴られた経文の様で、なだらかな上りの地面が妙に凸凹に感じる、先を歩く吉田は何度もコントラストのトリックによろける。2本の巨木にたどり着いて見上げる。眩しさに手を翳して見上げると、やっぱり遥か上にしめ縄と白いシデが揺れている。それは、極端に高い自然の鳥居に見える。その少し奥には例の神社の様な建物が建っている。明るい日差しの中で見ると。古いが中々美しい建物だ。後ろで、シューっという音がして、振り向くと、吉田が吸入器を咥えている。大丈夫か? と声をかけると、「ごめん!俺時々これやるけど、大丈夫だから気にしないで、だけどチョット休もうよ」と言った。うんそうしよう、と俺はデカイザックを下ろし座ると、吉田はサッとザックから、飲み物や軽食を出す。吉田ァお前最高だぜ、全部運んでいるのは俺だけどもね、ゆっくり休んで、吉田は分からないが、俺は元気一杯だ!
2人で詳細に建物を見回すと、高床式で扉も階段もない、屋根だけは神社っぽい造りだ。何かを保存している物だとは思うが、古い木材で囲まれた壁面は、隙間が等間隔に綺麗にあるのに、どうしても中が見えないのだ。これ以上調べ用が無い、吉田は沢山写真を取っていた。持ち帰って検討しよう!
さて、洞窟だ。吉田は黄色いロープを解き、端の金属を洞窟入り口の岩に掛けた。「清!これを力一杯食い込ませてくれ」と言うので、力任せに岩に噛ませた。ロープ一杯まで進んだら、戻ってこようと言うことになった。ライトを其々に持ち、ザックは入り口に置いて行くことになった。吉田がチョコレートを数枚出して俺の繋ぎポケットに入れた。おやつ持って行こうと言う、ムフッ! さあ出発だ。
真っ暗な中、ハンドライトの光を頼りに進む、ゴツゴツとした岩肌は濃い影を作り、影は色々な想像を膨らませ、閉ざされた空間に聞こえる地下水脈の音は、遠くから聞こえる読経の様だ。穴が狭くなってくると吉田の苦しそうな息が気になる。「吉田大丈夫か?引き返そうか?」と声をかけると「うん、大丈夫チョット待って」と答えて、シューっとやっている。また少し行くと、洞窟の様子が少し変化した。足元は石畳の様に平になり、壁面の凸凹も幾分か滑らかになった様に見える。そして、すぐ先の地面に穴が有るのを、2人同時に見つけた。円形に平たい石で囲まれたものは、決して自然に出来た穴ではない、ライトで照らすと底が見えない、けっこう深そうだ。吉田が興奮して覗き込みながら吸入器を加えると、アッと小さく声を上げた。落ちちゃった、吸入器落としちゃった。と震えた小声で言う、ライトで照らすと、あった!途中の何かに引っかかっている。五メートルぐらい下だ。俺はデカイので背中と脚で突っ張れば降りられる。「取ってくる」と言うと、危ないからダメだよと、小さくつぶやく吉田に、いいから待ってろ!と言うと、コクっと頷いたので、念の為ロープを肩に巻き、引いてみるとがっしりと入り口の岩を噛んでいる。吉田の息が荒くなって来たので、急いでおり始めた。吸入器を掴んでポケットに入れると、上で吉田が咳き込み始めてしまったので、ロープを掴みダダダと上まで上がり、吸入器を渡して取り敢えず背中を摩った。咳は洞窟内にグワングワンと響き、心配だったがシューとやると治った。ホッとして顔を見合わせ、ハハハと笑ったその時、洞窟の奥の方からガサガサと言う音がした。同時にそちらを見ると、暗闇に慣れた目に、赤くて小さな光が二つ見えた。俺は吉田の耳元で「俺におぶされ、ライトで俺の足元だけ照らせ、しっかり掴まれ、全力疾走するぞ」頷いた吉田が、背中にガッシリ捕まったのを確認し、洞窟入り口まで全力疾走した。明るい場所に出て、洞窟を覗き込んだが、しばらく経っても、追って来る物はいなかった。ロープも回収し、ひたすら駅まで戻った。ベンチに腰掛け、吉田が、早いけど俺の家へ行こう。風呂入って、餃子作ってあるから焼いてやるよ!だって、うん! と言って全部の荷物を担ぐと、お前ホントに元気なやつだなと笑った。赤い目は怖かったが、頭の中はギョーザで一杯です。
つづく
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