ショート 三男坊
俺の家は大きな農家で、長男も次男も農大出て、農業を継いでる。親父は、離村する農家が出る度に、その農地を買い増して行った。俺が未だ中坊だったころは、村の殆どの土地が実家の所有地だったと思う。俺は親父の兄弟の、末っ子の一人息子だった。震災で家族も家も無くして、学校に居た俺1人が残されてしまった。
そんな時、飛んで来た親父は、すぐ俺を戸籍に入れ、俺は三男坊となった。だから次男とも親子ほどの年齢差があるのだ。
家族全員がセッセと農業に勤しむ中、何不自由なく育てられ、俺は大好きなIT関係に進み、大学からは実家を出て、奨学金とアルバイトで生計を立てた。近くで見ていたから、農業の大変さをよく知っていたし、これ以上甘えることは出来なかった。
それでも、季節季節に母さんが、採れたての野菜や果物と一緒に少し小遣いも添えて、担いて来てくれるのが、とても嬉しくて、学友からは羨ましがられた。その母さんが卒業を待たずに逝ってしまった。以来、就職して、実家のことも遠くなり始めた頃。初めて父親から電話が来た。懐かしい潰れた様な低音が、あの時「うちに来い」と言ってくれたままで、嬉しかった。
聞けば、小遣いを少し、借金したいと言うのだ。すぐ送るよ、毎月仕送りするよ、と言うと、口座が農協と郵便局しかないからダメだと言う、じゃあ、すぐに持っていくよ、と言ったら、取りに来ると言うのだ。親父は今年92歳だ。
その日、約束の駅に迎えに行き、ソワソワとしていたら、駅の階段上、来たっ! 大きく手を振り、満面の笑顔で降りてくる。あぁ、矍鑠(かくしゃく)としている。父さん、父ちゃん、嬉しいなあ、
改札を出たところで、「父さん」と言ってハグしたら、俺の胸より小さい老人になってた。俺を見上げて「エガイ、デカくなったなぁ、嬉しいなぁ」と言って泣いた。左手に土付き牛蒡を抱いていた。あれから2年、毎月、月初めに会えている。
子の世話に ならぬとばかりの頑固者 やると言うのに借りに来る
月一度 元気な姿が嬉しくて 嵩(かさ)を増してはまた叱られる
おしまい