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意気揚々と活きる 後編
俺達は、2人とも故郷に帰ることに決めた。そのことを伊藤にだけは知らせておこうということで、遅い時間なのでメールを送ろうとしたが、送れない、違和感を感じて電話をしたら、(この電話は現在使われておりません)・・驚いた。
これは、解約したってことか? この問いに、吉田も無言で頷いた。そして「なぁなぁ、伊藤って、自分の会社が倒産してからさ、妙に明るくて元気だったよなあ」「そうだよね、俺は、伊藤を尊敬していたし、よく愚痴も聞いてもらって、頼りにしていたよ」と言うと、吉田も「俺も、アイツの「大丈夫だよ!」が聞きたくて電話していたんだ。グチグチと言う俺に、いつもハイテンションで、大丈夫を連発してくれた。
もしかしたら、あの頃から伊藤はきっと、壊れかかっていたんじゃね? 俺は無職になって3週間でギブアップだった。「吉田、伊藤のアパートか実家の場所、知っているか?」「いや、確か震災で家は無いって言ってたし、スマホの番号しか知らない、・・それより嫌なこと言うけど、あの頃伊藤は、躁鬱にかかっていたんじゃ無いか?今思うと、あの陽気さは変だった。昔からアイツって人一倍ストイックで、きっと仕事が決まらない自分を許せなくて、凹んでいた時に、俺の無遠慮な電話が引き金になって、鬱になっちゃって、電話まで解約して、どうしよう」言葉を失った。なすすべが無い、そうだ!俺はスマホを取り出した。
あった! 伊藤の彼女のメールアドレスだ。見てくれよ、これ伊藤が、スマホ忘れてきて、彼女にメールを送るために、俺が貸した時のやつだよ、ここにメール送ってみよう、なんて送ろうか
(突然のメールで失礼致します。僕は伊藤君の友達の岡田秀雄と言います。田舎へ引っ越すにあたり、伊藤君に返却するものがあり、連絡が取れなくて困っています。当人に知らせるか、連絡先を伺えれば幸いです)熱いお茶を飲んでいたら返信が来た。
(初めにお願いです。このやり取りを最後に、私のアドレスを削除してください、もう彼とは関係がないですし、私は先月結婚しました。夫は、ちゃんとした会社員の方です。伊藤君が払えなくなったスマホ料金を、私が負担していたので、別れる時に解約させて、可哀想だから使い捨ての安い携帯を買ってあげたので、番号を知らせます。000-0000-0000です。後のことは何も知りません、以上で失礼します。返信メールはお断りです)
俺達はその、電話番号に飛び付いた。 コール音、1回、2回・・10回 切れる。すぐにかけ直す、 これを繰り返す・・・出た!
「もしもし、伊藤? 岡田だよ、吉田も居る」「あぁ、何ぃ」伊藤の声だ。でもやたらと小さい、「久しぶりに逢おうよ、話があるんだ、今、どこにいる?」ややあってから伊藤は、奇妙なことを言いだした。「今、追われている。大きな声は出せん、切るぞ」切られてしまった。追われる?誰に? いやいや、伊藤は病気なんだ。すぐ かけ直す。出た!「もしもし、岡田だよ、今どこだ? すぐお前の居る所まで行くから」「俺今カトマンズにいるよ」んなわきゃない、言葉に詰まっていると、「俺やっぱり、エベレストに登るから、さよならだ、」僕等は鬱という壁の前で、ただジタバタしていた。すると音声が聞こえた。(次は 樹海前広場です 止まります)「じゃあな」また、切られてしまった。掛け直した。何回も、吉田が立ち上がって言った。「行こうよ、樹海へ」俺達はバタバタと準備を済ませ、出発した。途中で山岳OB会の先輩に電話した。探すなら人数は多い方が良い、河口湖駅からバスで、やっと着いた樹海広場前では、すでに20人以上の先輩が集まって捜査を始めていた。伊藤をこんなに大勢が心配している。先輩が、「みんな静かにー、岡田、伊藤に電話してみてくれ」
まもなくシーンとした樹海にバイブ音が聞こえた。先輩の何人かが遊歩道入り口の金網のゴミ箱から携帯電話を拾い上げた。伊藤が捨てて行ったんだ。俺が伊藤に捨てられた様な気がした。山岳部が全力で捜査したにも関わらず、伊藤は見つかりませんでした。今もまだ見つかっていません
世界中が、不況に向かっていると思うのです。あの頃に似ていて、規模が大きいのが気になるのです。幸、不幸は自分次第でも、我慢してはダメです。自分を傷めるだけです。
あの頃、私も世間も当然の様に、サービス残業をしてました。お前の会社残業代つくの?スゲー、なんて、本当に言っていましたよ そしてみんな病んでしまった。ヘトヘトに疲れてしまうと、俺はどうして出来ないんだと自分を責めるんです。
2度とあんな社会に戻してなるものかと思っています。
思い出すことは出来ないけれど、苦しい思いをして、泣きながら生まれてきたんだから、人は皆、意気揚々と活きる権利を持っている。
会社員がダメなら、オール副業だって良い、動画制作とか、オリジナルの人形制作とか、noteで作品売るとか、YouTuberになるとか、勝手にグッズ作って勝手に売るとか、何ならホームレスになって、上手な都会の泳ぎ方、なんて本を作って、駅で売っても良いじゃ無いか、なんて思ってしまう
おしまい