ショート 啄木鳥(キツツキ)
午後4時、梅雨冷えのホームは、人も疎らだ。予定の列車到着まで2時間もある。指定席の切符も準備した。
長く勤めていた会社が倒産し、転職して半年、50代で初めて営業をやってみたが、迷惑ばかりかけてしまい、引越しを機に退職した。
これから向かうのは、故郷だ。両親はすでに他界し、兄弟も居ない、親戚とは、連絡がとれなくなっている。友達と話した記憶はもう20年以上前だ。それでも故郷へ向かうのは、ある目的のためだ。
駅弁とお茶を買ってから、到着した列車に乗り込んだ。ちょと眠って目が覚め、真っ暗な車窓に映る自分と目が合う、会社員では無くなった自分が怖かった。金銭的にはまだ余裕がある。何だろう、この落ち着きの無さは、本も読めない、映画一本を最後まで鑑賞できない、俺は壊れているのだろうか? ぐるぐると考えていたら、目的の駅に着いた。故郷はすっかり様変わりして、綺麗になっていた。ただ其処彼処から聞こえる故郷訛りが心地良かった。構内の蕎麦屋でリュックを傍に、食事をすると、店員に「この季節に登山ですか、お気を付けて」と声をかけられた。「ありがとう、ごちそうさま」と言って、ロータリーに泊まっている終バスの横を通り、山道を登り始める。30分も歩くと脇道へ、ヘルメットを被りカンテラを点け、もうすぐだ。この辺りは、まだ原生林のままで、道も険しい、迷うことは無かった。懐かしさに背中を押され続けていた。 あった! この木だ。
やっぱ太かぁ! 梯子は打ち付けてあり、このままでは誰も登れない、長いしっかりしたロープを用意し、大木のぐるりに置く、それぞれの端を左右の手に巻き、足を段に載せると体を外らせ、反動で縄の輪っかを上へ、固定させたら足を上へ、これを繰り返して登っていくのだ。少年時代と違って、えらく時間はかかったが、何とか登り切った。へたばる前に、斜めに掛けていたもう一本のロープを手繰る。俺の全財産を入れたリュックを引っ張りあげる。何とか完了。リュックに凭れて、殆ど気絶する様に眠った。
夢を見た
隆一と冴子と俺は中学入学時に知り合い、秘密組織を作った。初めは15人ぐらい居た。ノストラダムスの予言を信じた仲間達だ。ハレー彗星も、予告どおり来たし、本気で信じた。滝の裏の洞窟、木の上の本部が活動場所となった。しかし1999年のその時は、何事も無く過ぎて行った。秘密組織も消滅した。何事も無かったが、事故は起こった。隆一と冴子が結婚すると言い出した。俺は、結婚は大人になってからにしろよ、と言ったけど、冴子が妊娠しているとなれば話は別だ。
俺達は中学生だ。隆一は働くと言うし、冴子は家出をするから、一年間、木の上の家に住んで、赤ちゃんを産むと言うし、3人で話し合い、木の上のスペースを部屋らしく整え、新婚の住まいを石川啄木のペンネームから、啄木鳥の廬(キツツキのイオリ)と表札を掲げた。
でも、冴子の母親が気付き、問い詰められて白状してしまった。そして、病院へ向かう途中で車から飛び降りてしまい、危篤状態になった。隆一とは連絡が取れないしで、俺は深夜の貴船神社で祈ることしかできなかった。100度を踏み、助けたまえと祈った。何日も冴子の意識は戻らなくて、貴船様に誓いを立てた。一生不幸で良い、恋もしません、結婚もしません、だから冴子を助けてください!
翌日冴子の意識が戻った。俺は夢の中で、泣いていた。
喧しいコゲラの音で目が覚めた。時刻は昼を回っていて体のあちこちが痛む、明るい中で見れば、長い年月で枝はこの部屋を守るようにガッチリと絡み合い、埃も落ち葉も少なくて、ちょと手入れしたら、良い感じになった。あの事件の後、隆一にも冴子にも会っていない、中学も高校も地元の学校へ通い、土日は俺1人で此処で待っていた。携帯コンロで湯を沸かし、ラーメンとコーヒーで食事をした。下界を眺めていたら、木々の間に電波塔が見えた。スマホも電波オッケーだ!ノートパソコンを広げてみると、ビュンビュン走る! もう俺、ここで生きていこうかな? 寝袋に腰まで突っ込んで、ウイスキーの小瓶を出し、好物のベビースターをかじりながら、映画を一本見終わる頃には、夕日が啄木鳥庵の奥まで届いていました。そのまま深い眠りに落ちてしまった。
おっかえりー!と言う隆一の声と、起きれぇーだらすけぇ!と言う冴子の声で、跳ね起きた。ハッとして見回すが、誰もいない、 夢かあ、ああ、何だか調子がいいぞ! タオルを湿らせて顔を拭き、髭をあたって、パソコンと小さな荷物だけ持って、下山した。トイレで身だしなみを整え、バスで市役所へ、ここで生まれたんだから、此処で生きて行こうと決めた。アパートあるかな?
あの店で、カツ丼食って行こう
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