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異形者達の備忘録-37 

卒業


高校3年生になると受験が目前に迫り、自然とクラブ活動からは遠ざかる。冬休みも過ぎ、ワンゲル部も2年生の新部長を中心に活動している。3年生が、頻々に顔出しすると、返って邪魔になろうというものだ。暇を持て余した私と京子は、放課後、いつも駅前の公園で夕方まで過ごしている。受験勉強? 勿論やってる。志望校に受かる自信だってある。ただ私たちの進む方向は全く違った。京子は外科医、私は自然科学者だ。これらを目指すきっかけとなったのは、ワンゲル部で度々行った災害ボランティアにあった。絶対私が助けてやる! この気持ちが原動力となり、凄く頑張ったんだ。進む道は全く違っちゃうけどね、だから卒業までは、一緒に行動したかった。卒業後は、きっと会えなくなる。目指す未来が決して甘くないのは、十分承知している。

いつものベンチに居ると、京子が「ねえ、あのお爺さん、いつも吸い殻集めているよね、ホームレスには見えないのにさぁ」私も気になっていた。サッパリとした服装で、ゆっくりと公園を動き回り、3箇所ある喫煙所を巡り、手に持った袋に吸い殻を集めて回る。なるべく長いやつを選んでいる。そして一番奥の喫煙所で、通りに背中を向けて煙を燻らせる。京子がツイッと側に寄り、「お爺ちゃん!私買ってあげるよネ、銘柄は何?」急なことにビックリして、小声で、ワカバ!・・・

ピュー、通りの向かいのタバコ屋で振り返り、私を手招きしている。何?何?と行ってみると、タバコ屋さんの困った顔と目が会った。なるほど分かった「京子!私たち高校生が何十人集まったって、タバコは売ってもらえないよ!、お爺ちゃんに一緒に来てもらおうよ!」「そっかー」3人でタバコ屋へ、京子は「わかば10個」お爺さんは「いや、そんなにはポケットに入らんでな、1個、いや、2個お願いします」店員「ありがとうございます、これ、ライター、サービスです」  そんな分けで、公園に戻り、私がコンビニで買って来た、入れ立てホットコーヒーを3つ置いて、おしゃべりをした。お爺さんは、後ろを向いて、ふうーっと煙を吐いて、ああ、ンマイなぁーと言い、胸ポケットをポンっと叩いて、「ありがとうね、大切に吸うよ」と言ってくれた。

2本目のタバコに火をつけると、公園裏の白っぽいグレーのビルを指差し、「妻が、あそこに入院してまして、もうずっと意識がないんですよ、最後まで一緒にいてやりたくてねぇ」私たちは言葉を失ってしまった。お爺さんは少し慌てて「俺たち夫婦は、とっても楽しく生きて来たんだよ、ずっとバンドをやっていたんだ。売れなかったけれどね、これがその頃の写真だよ、これが妻だ。美人だろう」写真に注目する。うわーカッコイイ!ギター2人とボーカルは奥さんだ。すごい美人だ。「今だって、美人さ」お爺さんは、「じゃあ、ありがとうね」と言って立ち上がると、ヨロっと座り込んでしまった。慌てて2人で支えると、「いやあ、嬉しくてさ、久しぶりに2本も吸っちゃったから、キターァって感じだ」と笑った。私が、送って行って良い? 美人の奥さんにも会いたいし、と言うと、笑って頷くので、3人でゆっくり向かった。

入り口で、看護師さんが「あら、ナンパ?良かったわねー」と笑う、コンニチワーと言って入らせてもらった。

本当に綺麗なお婆さんでした。美人でした。京子が「お美しいですねー、演奏も聞きたかったなー」と言った。すると、「では、ご視聴いただけますか?」お爺さんが言うと、先生や看護師さん達も窓辺に集まり、視聴者に加わる。椅子に座り妻の手を取って、彼は歌った。

♪君の痛みが消えたら、花の筏を作るよ、乗って海まで行こう、海に着いたら雲に乗って、懐かしい山を駆け登ろう、頂上に着いたら、暖かい雨粒に乗って、土手に降りよう、そしたらまた、二人乗りの花の筏を作るよ、だから、私を、置いて行くなよ♫

お婆さんの目から涙がツーッと流れ耳に落ちた。同時にピーと、機械音がした。看護師さんに促され、そっと部屋を出た私たちはドアの前で手を合わせ、其々に帰路についた。

卒業式の帰り、私が「明日、もう、北へ行ってしまうのね」と、芝居かがって見せると、ヘヘッと笑って、「ヌシは、このまま、お江戸かえ」と帰ってくる。「そーなのよ、京子助けてよ、親が都会のマンションに引っ越すなんて、幸せすぎて困っちゃうなー」

遠ざかるホームで、京子が恥ずかしげも無く、応援ポーズをしている。 大好きだよ! 昨日の夜私達は

事故であろうと、自殺であろうと、病気であろうと、勝手に死なない! という誓いを、立てていた。

完了

以上を持って、異形者達の備忘録を終了いたします。

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