連載小説 サエ子 第1章
川釣り
俺の唯一の趣味が釣りである。最近川釣りにハマってしまって、休みの前日は夕方から寝て、夜中に支度を整えて車を出すのだ。夜の高速を飛ばし、お気に入りのラーメン屋で夕食を取る。そして、真っ暗な山道を駆け上り、夜明けとともに、上流の駐車場に到着、お気に入りのポイントまでは徒歩移動だ。
その日、腹ペコで高速を走っていると、携帯が鳴った。時間が時間だ。イヤな予感しかしない、俺は路肩に車を止め、すぐに電話に出た。
電話の相手は同僚のサエ子であった。「もしもし、武史くん、良かったぁ!電話に出てくれて、」「良かったぁ! じゃねよ!何時だと思っているんだ」いつものことだが、こちらの文句など聞いちゃいねえ!「今週も釣りでしょ?じゃあ今頃、高速だよね、どの辺?」「それがどうした、関係ないだろ」「〇〇の手前だったら、路肩にいるから拾って欲しいの」何言ってんだと思ったら、遥か前方に白ワンピの女が立っている。幽霊? じゃない!サエ子だ。前の車は皆、大きく膨らんでハンドルを切り、幽霊を避けて過ぎていく、無理もない、俺だってそうしたいよ。
サエ子の前で車を止め、俺は大声を出していた。「大丈夫なのかお前!」サエ子は血だらけだった。「エヘヘごめんね、悪いけどぉー、どっか医者へ連れて行ってくれない?」彼女を助手席に座らせ、綺麗なタオルを渡し、ナビで一番近い病院を探した。
先生曰く、骨折はなく、入院の必要はないが酷い打撲は有るそうだ。事故した場所が場所だけに、警察に連絡すると言う、そうだよなあ、軽く考えても殺人未遂だと思うのだ。来院した警察官に、俺も調書を取られた。終始疑いの目でみられていた様な・・・まあ、無理もないか、取り敢えず、この日の釣りは諦めた。
サエ子の家
大きな病院だったので。食堂で腹一杯食って、病室に戻るとまだ寝てやがる、やっと夕方になって目覚めると、警察が来て、調書を取られていた。そして、「何で、警察なんか呼んだ」と叫びまくる、先生に怒られていたけどね、
起きたら退院という事だったので、まだ動きづらい彼女に代わって、手続きや支払いを済ませ、敗れた服に、絆創膏・包帯だらけの彼女を、車で送ることにした。途中でコンビニ弁当を買い、「後日、全額精算させてもらうからな」と言ったら「オッケー」と返事が来た。
そこは、築50年は経っていそうなボロアパートだった。廃墟と言っても過言ではないが、ポツポツと灯りがついた部屋がある。しかも、ここは距離的に、俺のマンションに近い「そんなに驚かないでよ、家族だって住んでいるんだから」「アッ、ごめん」ヨロヨロと歩くサエ子に付いて、ひしゃげたハンドバックと色々もらって来た薬袋を下げて部屋まで運んだ。ドアを開くと、暗闇にひかる沢山の目が、・・サエ子が灯りをつけると、ザッと寄ってくる猫・猫・猫「ごめんねー、今ご飯にするからね〜」「家族って、猫?」「そうよ、武史にはコーヒー入れるからね」と言うので、「イヤ、俺はいいよ、それより無理しないで、月曜日は休めよ、言っといてやるから じゃあな」と、帰ろうとすると「アッ、大丈夫自分でい言うから、今日はどうもありがとうね」
そして、月曜日、絆創膏・包帯だらけで、出社して来たサエ子に、ケタケタと笑いながら先輩女子社員が言った。「ああら、サエちゃん、また野良猫拾ったの?」サエ子は「エヘへー」と笑って、こちらにウインクを送ってくる。
何か、言い知れぬ不安に包まれる俺だった
つづく
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