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恩を仇で返した私が得た「失い方」
私は、LINEに疲れることがある。
既読無視、既読にならない。
HSPの私は必要以上に心をすり減らし、もやっとすることがある。
大人なら、返せないこともあるだろう。
男女差もあるかもしれない。
そんなLINEより、もっと前のメール時代に、私は大失敗をしたことがある。
メールの中で文句を言った本人に、そのメールを誤送信してしまったのだ。その人に腹を立てる文面を、本人に読まれる形となった。お世話になっていたのに、恩を仇で返すといった、とんでもないことをしでかした。
関係を修復しようとしたが、結局できずに相手を傷つけ怒らせたまま、関係が終わってしまった。苦い思い出だし、その頃は、生きた心地がしなかった。本気で自分をこの世から抹殺したい思いに駆られ、申し訳なさが込み上げ、毎日苦しくてたまらなかった。
それでも、思うことがある。
心の奥底では、私は関係を終わらせたかったのかもしれない。お世話になったという恩があったからこそ、関係を切れなかったのだ。
つい2週間前に、当時を思い出すことが起きた。
スタバでパソコンを開いていたら、その人が現れたのだ。
私は体が強張り、苦い思い出が込み上げた。人を傷つけたことは否定できない。
強張ったまま、その人に自然と背中を向け、自分に問いかけてみた。
声をかけて、関係を修復したい?
その答えは、「NO」だった。
人間関係でうまくいかないことがある時、人は嘆いたり後悔したりする。
自分を責めてしまったり、悲しんだりする。
でも、うまくいかないことには、理由があるのかもしれない。
生きる世界が変わる時、人は別れを経験するのではないだろうか。
あの時、私は仕事で悩んでいた。
周りの先生たちを見て、同じような生き方をすることに迷いがあった。
むしろ、その世界から抜けたかったけれど、抜けることができなかったから、誤送信が起きたのだ。その時は痛い経験だったけれど、今の私は、あの時よりずっと好きな仕事に出合えている。
何かを手放すとき、何かが手に入る。
古いドアを閉めなければ、新しいドアを開くことはできない。
だから、何かを手放すことは、決して失うことではない。
得られることでもあるからだ。
なぜ起きたのだろう?
少し冷静に考えてみると、それはマイナスなだけではなく、プラスになるために起きているのかもしれない。
現実は、自分の思いが創って見せているもの。
久しぶりの苦い再会で、そんなことをふと思い出した。
失うことは嫌なことだけれど、いつかそれがプラスになる。
だから、流れに任せてみるといい。
きっとあなたを新しい世界に連れて行ってくれるはずだ。