【掌編小説】佐々君のとんぼ
浮くみたいにして空へ昇っていった。
遠くで羽ばたく鳥の羽ばたきが気だるげなのは暑さのためだろうか。かろやかに上がったものは落ちる時もことも無げで、それでいて、もう二度とは上がらない。
佐々君は緑のリュックを取りげて、リュックからペンケースを取り出して、ペンケースからナイフを取り出して、鈍く光る刃を露わにした。そしてガリガリ君の棒に刃を当てると割くように細い木片を切りだし、二本の指につまんで刃を滑らせる。
あるいはそれを突き立ててくれればよかったかもしれない。
と、今度は残りの木をとり、刃を当てる。はじめは大胆に、やがて慎重に。佐々君はいたって真剣な表情である。削り節のような繊細な削りかすが彼の膝に落ちた。
できた。そういう彼の手のひらで、小ぶりな竹とんぼが光を浴びている。
佐々君の指からはじき出された竹とんぼは昇る。微かに風切り音がした。公園を囲む木々からの蝉の声にのって。空が青い。風が吹く。
「どう?」
でも、「どう?」なんて言われたって、急にとんぼつくり始めるの意味わかんないし、そもそもそれ、さっきまで君が舐めてたやつだし、きたない。だって唾をまいているのと同じことでしょう。別にそういうの求めてない。なんか違うなと思った。きっとそういう性格の不一致(?)みたいな感じで。そういうことの積み重ねが別れにつながったんだろうなって、しょうがないね。
彼のつくってくれたとんぼは今でも引き出しの一番深くにしまわれたままだ。