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【掌編小説】プリズム

 「スーパーマンになれると思うんだ」
 なんていきなりいうから、私は唖然とした。
 口に運びかけた生春巻きが宙ぶらりんになる。はたから見たら阿呆の面だ。
 
 彼はなおも続けた。
 「つまりさ、いろんなところに分散している努力だとか、その、才能だとか、そういうのを全部足し合わせて一つのことに注いだら、きっとすごいことができるんじゃないかって思うんだけど」
 「才能」と発音するとき、彼は少しためらった。
 
 「わかる?」
 
 彼はなんでもある程度うまくこなせる性質の人間であり、そんな彼との生活を私は楽しんでいた。朝に美味しいコーヒーを入れてくれること、駅前のピアノをぽろぽろと鳴らすこと、冷蔵庫に貼ったホワイトボードにササっと漫画のキャラクターをかけること、実はサッカーが上手なこと。野球の方が好きな私のために球団や選手のことを勉強しておいてくれること。
 
 彼のそうした、ささやかな努力や才能は、表出されたその一瞬に人目を引くが、三日とたたず忘れられてしまう。そういえばそんなこともできるよなと、ぼやけた万能性を人々の記憶に刻むばかりで、つまりそれらを十分に咀嚼し味わえるのは毎日彼と顔を合わせる私だけ、ということになる。
 博士課程がもうすぐ終わりそうで上機嫌なためか、最近は鼻唄も多く、そんな鼻唄でさえもちゃんと音程が取れている。だが、急にそんなことを言い出すということは、きっと「満たされてないんだ?」
 「うーん」
 そういったきり、彼は口ごもった。そして困ったような顔をしてあたりを見回した。見回したって、きっと答えは転がってないのに。

 中華然とした音楽が流れる店内は、派手な提灯や飾りで彩られていた。まるで壁に掛かったディスプレイに映るミュージックビデオから抜け出してきたような世界観だった。あるいは私たちがその中に入ってしまったのかもしれない。チープなプラスチックの椅子もかえって雰囲気がある。天井から下がる照明が、彼の顔を白く照らす。窓の外には台湾料理のネオンサインが鏡文字になって掛かっていた。

 私にだって、彼の言うことが分からないでもなかった。ちょこっとずつの才能や努力を何か突出した能力と引き換えたい。何者かになりたい。そういうことだろう。でも同時に苛立ちも覚えた。 
 そんなことを言って、本当は何になりたいの。それは言い訳とどう違うの。うぬぼれじゃないの。あなたは、結局のところ、あなたでしかないでしょう?

 でも、おずおずと春巻きに箸をむける彼に悪気は見えず、また私に怒る資格はない。

 だから、代わりに、「結婚しよう」。そういってみせると、彼は口をあんぐりと開けて、春巻きを持つ手を宙にとどめたまま、目をしきりに瞬いた。その様が滑稽で、思わず私は吹き出してしまった。

〈終〉


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