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京町家との格闘をお話ししてみなさんと一緒に考えます

その15 町家をつくり守ってきた職人の技-5・建具―⑱

建具について
 京町家の空間の雰囲気を表す要素として柱と壁といわれることが多いように思います。しかし町家の雰囲気を決めているのは主に建具だと思います。むろん床や天井あるいは壁や調度も意匠空間を構成する要素ですが、視覚上で目に入るのは建具です。オモテの間(ミセ)は一面のみ壁ですが、商品を入れる物入があれば4面共建具です。ナカの間(ダイドコ)は4面共建具です。オクの間は床の間側とハシリ側2面は壁ですが、残る2面は建具です。したがって京町家の雰囲気を支配しているのは柱と建具といっても過言ではありません。それに応えて建具には使用箇所と目的に従ったルールのもとに、様々な働きと意匠が与えられています。
 引き違い戸(遣戸・やりど)や明り障子(紙張り障子)は平安時代からありましたが、引違のための溝を作るのは道具の制約で大変でしたし、紙はとても貴重なもので寝殿造りでも一部の使用にとどまりました。鎌倉時代になって遣戸が普及し、室町以降の書院造になると遣戸が一般的になりました。しかし鑿で溝を突くのは大変なので、二本分の溝にしたり、付樋端(つけひばた、木縁を打付けて溝状にする)にしています。そうまでして遣戸にこだわったのは蔀戸や観音開きに比べて開け閉てが容易であることと、通風に具合がよかったからです。草庵風茶室の躙り口のようなものが朝鮮半島にもあるという指摘がありますが、そもそも建具に要求される役割が大陸と日本では異なります。大陸では乾燥した寒冷な冬に耐えられることが要求され、日本では夏の高温多湿に備えることが求められます。遣戸は日本の気候風土が生み出した独自の建具であり、畳に匹敵する日本が発明した優れた建材です。
 江戸時代の中頃になると溝鉋や縦挽き鋸(大鋸や前引き)の普及と紙の大量生産によって、一般の町家にも使われるようになりますが、それまでは蔀戸や開き戸でした。格子の内側の雨戸を引く差鴨居をヒトミ梁といいますが、蔀戸を吊っていた名残です。
 明治になって西洋の建具が入ってきます。開き戸や上げ下げ戸やバランス窓(框に分銅(バランサー)が仕込まれている)が入ってきて和洋折衷建築や洋風建築に採用され、今でもありますが一般に普及・定着としたとはいえません。近、現代建築に要求されたフラットでシンプルな表情が表現できるということから開きや辷出し窓、軸回転窓などが採用されましたが、機能上の具合はよくないので、長続きはしないと思います―窓を開けない超高層ではよいかもしれませんが―。むしろ便利さからアメリカの住宅に引違窓が採用されています。むろんそれらの建具は町家に侵入することもありませんでした。
 かくして京町家の建具は妻戸(縁側とハシリ間の開口部)など特殊な場所を除きすべて遣戸(引違、引戸)となりました。引違はすきま風の元凶のように言われますが、京町家の建具は空っ風が吹く関東のように戸決りや框の召し合せ(框と框の取り合い)にを実(さね・凸凹)をつけることはありません。すきま風を避けるよりも通風を優先した結果です。柱間と内法(敷居・鴨居間寸法)がモデュール化された京町家はどこの町家にももっていけます。その規格化されたなかで意匠の洗練とバリエーションがあります。ファサードにしてもインテリアにおいても私たちを惹きつける町家ですが、意匠的な工夫と効果いう点では他のエレメントの役割は限定されます。むろん他の部位も材料の選定やプロポーションということでは雰囲気を作ることに貢献するわけですが、意匠的な効果ということでは建具が一手に引き受けているといっても過言ではないです。そのように建具を見直していただきたいと思います。

1.仕上りと特徴
仕上り(完成品)
・建具の形:格子戸、舞良戸、框戸、桟戸、板戸、ガラス戸、紙張り障子(明 
 り障子)、戸襖
・開閉形式:引き戸;片引き、引違い(2枚、4枚、他)、3枚引き、引き
 分け、引込み、開き戸;片開き、両開き(観音開き)、親子開き           
 明治以降:内開き、外開き、突き出し、内倒し、縦滑り出し、横滑り出
 し、縦軸回転、横軸回転、上げ下げ窓:ダブルハング、シングルハング(下
 側のみ可動)、はめ殺し窓
 折戸:片折戸、両折戸(もろおりど)
・その他:吊り戸、掛け障子、大戸(引き戸、開き戸、跳ね上げ)、塗り戸
 (土蔵、蔵造り)

2.主な建具と特徴

外部建具の意匠と役割

1)外 部 
〔入り口〕
・大 戸 
 玄関入り口に使われる幅の広い大きな建具。大きな建具のため開閉しにくく、日常の使用と用心のため猿戸(くぐり戸)という小さな戸を開けることが多い。昼間はミセニワに出入りしやすいように大きく開け放し、夜間は閉ざして猿戸からのみ出入りした。引き戸形式と開き戸形式がある。京都では少ないが、上端を軸に内側に吊り上げ、吊り戸とされることもある。板戸の大戸の内側に格子戸の大戸を入れ、昼間は格子戸のみ閉めて採光と通風を図ることもある。板戸と格子戸にそれぞれ猿戸がつく。また、腰付ガラス戸を入れたり、明り障子や網戸を入れることもある。防犯のため、閂(かんぬき)、枢(くるる・板状の自動ストッパー)、猿落としなど2重3重に木と金物の精巧な鍵が工夫されている。
 
・引違格子戸(片引き、親子引違い)
 縦格子とし、平格子・出格子と協調してファサードを構成する。格子の後ろに板ガラスを入れると風雨を遮ることができる。トオリニワの間口が狭く、袖壁が十分とれない場合は親子引違とするなどの工夫がある。
 
・水 腰(腰板付ガラス戸)
 四周の枠材の見附を大きくとり、下1/3程の高さに見附の大きな横桟を入れ、その下に木板を、上に板ガラスをいれた引き戸建具で雨掛りによる劣化を防ぐ。片引きが多く、親子引き戸とされることもある。また、店舗などで間口を広く取った場合、4枚引き以上とされることもある。
 
〔ミセの間外部〕
・格 子
 4方を木枠で固め、内部に縦方向の桟を並べ、縦格子とした建具。通常ガラスなどは入れず素通しとし、採光と通風を確保しながら視線を遮り、防犯を図る。京都では京格子ともいわれ、京町家のファサードを特徴づける。縦格子の太さ、間隔は様々あり(子格子は見付1寸木返しが多い)、職業によって使い分けられている。また、切り子格子、親子格子などの形式の違いがある。昼間は外から内部が見えにくく、内部からは外が見やすい。格子に目板を使い、間隔を1分から1分5厘程に詰め、ほとんど視線を通さない(内からは見える)格子をめくら格子(仕舞屋格子、お茶屋格子)という。
 
・ガラス戸(ガラス窓、掃き出し窓)
 板ガラスの普及以後、雨戸に代わって使われ、採光の点で明り障子の機能も兼ねる。引違い(2枚、4枚)、またははめ殺し(ケンドン)で使われることが多い。防音、断熱のためにペアガラスを入れることも可能。
 
〔縁 側〕
・雨 戸
 格子の内側、縁側やガラス障子の外側等に入れる板戸。雨風を除け、夜間の防犯のための建具。4周の枠材の内側に薄板を入れ、数本の横桟で補強する。水切れが良いように下桟は板の内側に納められる。縦框を長くし、掛け鞘(かけざや・一筋鴨居)の溝を切り欠いてはめることで防犯性を高める工夫もある。昼間は戸袋に納められる。採光や視界を確保するために戸袋を回転させることもある。通風や採光のために無双窓を開けることもある。
 
・紙障子(明り障子)
 4周の木枠の内部に粗く格子を組み、和紙を張って採光を図った建具。格子の寸法、間隔など様々にデザインが工夫されている。また、腰板、すりあげ、額入りなど様々な形式がある。
・形式:水腰障子、腰付障子、腰高障子、直ガラス障子、横額入障子、竪額入障子、摺り上げ障子(雪見障子)、引き分け猫間障子、片引き猫間障子、太鼓貼障子
 
・格子の組み方:荒組障子、横組障子、竪組障子、横繁障子、竪繁障子(柳障子)、本繁障子、枡組障子、吹き寄せ障子、変り組障子
 
〔2階表、座敷〕
・ガラス窓
 4周を枠材で固め、内部に板ガラスを入れた建具。引違、4枚引きなどで使われることが多い。腰に板を入れたり、横桟や縦桟で様々にデザインされたものもある。防音、断熱のためにペアガラスを入れることも可能。

内部建具の意匠と役割

2)内 部
〔ミセとミセニワの間、ミセ(ゲンカン)とニワの間〕
・舞良戸
 4周の枠材の内側に舞良子と呼ばれる横桟を入れ、室内側に薄板を張ったもの。元来は明り障子の保護のために外側に使われた。舞良子は必ず奇数本(5、7、9本)とする。舞良子を縦に入れた縦舞良戸もある。丈夫にするため舞良子を数多く入れた繁桟とすることもある。防犯上、引き手は付けない。片面に襖紙を貼り、襖に見せ、戸襖とすることもある。仕上げは漆塗りが最上で、通常はベンガラ塗りに油拭きとする。
 舞良子を角材としたものを角桟戸ともいう。舞良子を半丸の断面としたものを丸桟戸といい、主に物入れの建具として使う。
 中程に明り障子をはめ込み、採光を図るものもある。
 また、通風、採光あるいは視認のため、一部に無双窓を仕込むものもある。
 
・欄 間
 間仕切りとなる引き戸の上部、天井との間の開口を欄間という。通風、採光と意匠を目的としている。はめ殺し(ケンドン)、引違い、掛け障子、化粧板など、様々な形式と意匠が工夫されてきた。
 
3.建具の決まり
・ククミの深さは5分(15㎜)とし、4分(12㎜)シャクる。95%内ククミ(ククミは上桟、下桟の欠込み、内は主要室側)である。
・引き手の高さは今は3尺(約90㎝)とする事が多い。昔は膝をついて開けるので2尺6寸5分(約80㎝)が標準だった。
・敷居、鴨居の溝:七三が標準。七分幅(21㎜)の溝と三分(12㎜)幅の樋端(建具を支える鴨居の突起部)。

4.建具の特性
 外部開口部および内部間仕切りが多用されていることが日本の伝統木造住宅の特徴の1つである。特に引き戸が多く用いられている。(1軒で200本程もある)引き戸は開放性が高く、簡単に取り外すことが出来、季節により替えることも容易である。高温、多湿の季節には建具を開放し、通風により涼をとり室内から湿気を放出することができる。また、簀戸(すど・簾戸)や簾(すだれ・御簾)に替えることで、通風だけでなく、見た目にも涼しく感じられる。秋冬は襖や障子などを入れて風を遮り、暖かく暮らすことができる。
 また家の催事や祭りなどの時には複数の室を繋いだり仕切ったりするために、容易に取り外しや収納が容易な建具は不可欠である。
 明り障子や硝子戸は屋内空間と屋外空間の区別を曖昧にし、直射日光を遮りながら庭からの反射光を取り入れ、座敷や床の間に適当な明るさをもたらす。
 日本家屋の座敷の空間は縁側、庇などの中間領域を介し、庭(屋外空間)と一体と感じられることで居心地のよい空間となる。そのために、開放性の高い引き戸建具が役に立っている。

5.あゆみ
現存する最古の建具は弥生時代の農村集落遺跡の伊豆山木遺跡から出土した1枚板の板戸である。大きさは60.6センチ×47.6センチ、厚さ3.9センチで、長辺側に軸釣りが作り出されている。
平安時代の寝殿造では、外部に面して出入口は開戸、それ以外は蔀戸で囲まれていた。その後引き戸(板戸)が使われるようになり、板戸の内側に採光のための明り障子が組み合わされた。安土桃山時代に1本溝の雨戸が使われるようになり、外部の建具を明り障子の引き違いとすることが可能となった。平安時代後期(鎌倉時代以降)、遣戸(舞良戸)が現れ、内部の間仕切りに板戸や襖、障子など様々な意匠の建具が多用されたが、一般に普及するのは近世以降である。明治以降、板ガラスが普及し、雨戸や明り障子に変わって使われるようになった。

主な道具

6.道 具
○測る
・物差し
〇定規
・スコヤ―直角定規
・自由スコヤ―角度セットが自由
・巻金(まきがね)―白書用の曲尺で板が厚い
・曲尺(かねじゃく)
○記す
・白書(しらかき・白柿):墨を使わない
・卦引き
〇切る
・ノコ・縦挽き、横引き、回し挽き、畔挽き
〇削る
・鉋、仕上げ鉋、際鉋、作里(しゃくり・決り)鉋、面鉋、超仕上げ鉋盤
〇彫る
・角鑿、角鑿機
・組み手しゃくり鉋、組み手しゃくりカッター
・溝鉋、溝切りカッター
・ノミ(2枚ノミ)
〇その他
・金槌、砥石、端金(はたがね―接着部材を締める)

7.主な材料と特質
1)木 材
・杉
 杉は狂いが少なく、軽くて丈夫で建具の材として最も適している。特に赤身は強度がある。水にも強く、雨戸の鏡板は杉材とする。白太の材も色が美しいために好まれる。板材は赤身と白太、両方を含む源平が安価で使いやすいが、色の差が大きいため、うつくしくみせるためには配置を工夫する必要がある。
 木目の美しさと狂いの少なさから吉野杉が最上。赤身が薄く、目が細かい。
 仕上がりの美しさは木取りが命で、柾目として使う材は経験豊かな親方が行う。1本の原木から取った材を使うと色合いが合う。
・桧
 杉に次いで狂いが少なく、軽くて丈夫で木目が美しい。杉ほど赤身と白太の色の差がすくなく使いやすい。桧は雨があたっても表情が変わりにくいので、外周りには桧を使うとよい。
 外国産材では、ベニマツ、ベニコマツが類似材として使われる。二枚枘
 
・スプルース(アラスカヒノキ)
 外国産材で、木目が通り狂いが少なく、節や色むらが少なくて杉、桧の良材に比べて安価であったため普及した。やや強度が弱く、ヤケやすく、防水性に劣る。近年では国産の杉材のほうが安価になっている。
 
2)紙
・障子紙(美濃紙、半紙):楮、三又などを原料として漉かれた紙。繊維が長く、丈夫で長持ちし、光を柔らかく拡散しながら透過する。障子にノリで貼り、汚れたり破れたりすれば貼り替える。
 少しの水には耐えるが、良くしめらせると破れやすい。雨掛かりでは柿渋を塗ると水をはじき、破れにくい。
 
3)主な金物
・建具金物:引き手、丁番、鍵、ラッチ、戸車、吊戸車、引き戸レール、肘壺、ソロバンレール(土蔵)、敷居辷り、フラッターレール
 
・その他の金物他
〔引き戸〕
・引き手、ネジ締り錠、鎌錠、戸車、底車、Vレール、甲丸レール、ハンガーレール、板閂、猿落し、コロロ(クルル)、忍び栓、雨戸栓
〔開き戸〕
・丁番、引き手、ドアハンドル、鍵、ラッチ、戸あたり、あおり止め

主な枘と打ち抜き枘

8.組み方
「枘」
・通し枘(打ち抜き枘):框を打ち抜いて枘を入れる。框の見込み面に枘が見えるため意匠的に気になることもあるが、接合の強度が高く、緩んだときに楔で締め直しがきく。
・袋枘:枘穴を打ち抜かずに、枘を框の内部で留める。枘が框の見込み面に現れないため意匠性が高いが、枘が短くなるので弱く、締め直しがきかない。
・平枘:最も単純な形式。強度はあまり期待出来ないため、接着剤で補強する。
・小根枘:幅広の材の場合に使う。小根により接着面が大きくなり接合強度が増し、材の捻れに抵抗する。
・二枚枘:枘を左右2枚とすることで、接着面が大きくなり、接合強度が増し、狂いも少ない。
・二段枘:枘を上下二段とすることで、枘穴を小さくし、狂いを少なくすることが出来る。接合強度や捻れに対する抵抗力は二枚吶よりやや劣る。
・四枚枘:主に見付け幅の大きい桟と框の接合に用いられる。狂いが少なく、接合強度が高く、ねじれにも強い。最も手間が掛かる。小根を付けることで接合強度を高めることが出来る。
 
9.伝えたいこと
伝統工法の木製建具は京町家の空間を構成する重要な要素です。外部にも間仕切りにも多用される引き戸は、大工と建具職人の高度な技術により、開け閉てが容易で、軽量で長持ちし、はずして開け放つことも季節により入れ替えることも簡単にできます。補修も容易で規格寸法が行き渡っているため別の建物に転用することも可能です。材料を厳選し、手間と技術がつぎ込まれた種々の古建具が安価に流通し、洗い、和紙を貼り替えることで再生し、美しさを楽しむことができます。また、新たに制作することももちろん可能で、建物本体と同じく長く使うことが出来ます。100年以上前につくられた京町家の建具が当たり前のようにそのまま使えることは多いのです。(90%は木曽桧で作られた。)アルミや合板など現代の材料と工法により、ある1面では性能の高い、安価な建具がつくられていますが、木と和紙で出来た伝統工法の木製建具は、軽さ、手触り、風合い、補修が可能であること、長く使うほど味わいが深まることなど、総合的にみて優れています。
 
語り手 沢辺洋、沢辺和真(建具)、荒木正亘(大工)
 
〈参考文献〉
・『建具製作教本』第1編~第3編 全国建具組合連合会発行 1999
・『木製建具デザイン図鑑』松本昌義、新井正、木製建具研究会著 建築知識 
 スーパームック 2017
・『木造の詳細〈第4〉建具・造作編』彰国社編 1973

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