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日本人の知らない、コヨーテの賢さを尊敬せずにはいられない
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Hey! What's up people~!? 鎌田です。それでは編集者目線で気になった本をご紹介させていただきたいと思います。
今回はこちら「コヨーテのおはなし」です。
私は現在、出版社において編集者ときどき取締役としての顔も持っておりまして、そんな私が出版を推進していきたいと考えているジャンルが「絵本」です。
なぜ絵本なのか。
私のファーストキャリアはレコードレーベルで、その前は音楽オタクでした。80’からレコードを買い続けていました。それも次々に…
そうしているうちにどんどん新しいレコードを買って知らない音楽が聴きたくなって…としているうちにジャケットをみてインスピレーションを感じたら買うといった具合でした。
絵本もそういった楽しみ方があることを知ったんです。絵本は子供も読書好きなので次々に買っていました。そうしているうちに、やっぱり中身を確認するより表紙から受けるインスピレーションで買うようになったんですよ。
そうしたなかで絵本のなかの絵本ともいうべき一冊と出会ったんです。それが『ちいさいおうち』でした。
『ちいさいおうち』がなぜ、それほどまでに忘れがたい絵本になったのかというと、作者のヴァージニア・リー・バートン自身の、一度手にしたらその絵がいつまでも記憶のなかに焼きついてしまうような、個性的な絵によるものでした。
彼の描く絵は華やでも、夢のような世界でもなく、色彩が弾けるような絵でもありません。しかし、構図の奥深さや筆の息づかいがそのまま伝わってくるようなアグレッシブな絵に飲み込まれるのです。
躍動感あふれる絵は絵本を手にした人の心をワクワク・ドキドキさせずにははいられないはずです。
そのヴァージニア・リー・バートンの絵の魅力を、改めて教えてくれるのが、『ちいさいおうち』の原書とおなじ1942年に出ていたのに、これまで翻訳のなかった『ドン・コヨーテ』です。
どこかでお話ししたと思いますが、私はアメリカの大学を出た後に、そのままアメリカで就職をしました。その時、学生時代から付き合っていた今とは違う妻と結婚して、彼女との間に娘が一人おります。
彼女に初めて買ってあげたのが、この絵本だったのです。
そして、ようやく日本でも『コヨーテのおはなし』として翻訳されて出てきました。
地味で小さな絵本ですが、おさめられているヴァージニア・ リー・バートンの描くコヨーテの絵は、いまなおその躍動感あふれる魅力をいまもなお輝き続けています。
北アメリカのネイティヴ・アメリカンの神話や民話のなかでは頻繁に登場するいたずら者として名高いコヨーテは、トリックスターとして敬われてきた動物なんです。
トリックスターという存在は、やることなすこと、とんでもないことばかりの、「秩序の壊し屋」なんです。それでいて、「新しい価値の運び屋」でもあるというような存在なんです。
人間に火をあたえたのは、コヨーテでした。世界ができたときには、日光も火もありませんでした。世界じゅうがうす暗くて寒く、人間は食べ物を煮炊きしたり、からだをあたためたりすることができませんでした。コヨーテはそんなみじめな人間をたいそうかわいそうに思い、人間のために世界をくまなく歩いて光と火をさがしてやろうと決心しました。そして、何日も歩きつづけ、とうとう世界の果てにいきつきました。
こうしてじまるのが、『コヨーテのおはなし』です。それから、光や火のない世界で生きられない人間のために、コヨーテは活躍をするのです。
コヨーテの活躍ぶりを、躍動的あふれるタッチで、ぐるぐると旋回するヴァージニア・リー・パートン特有のタッチで描き上げているのです。
『コヨーテのおはなし』が、私たちに気づかせてくれることは絵本というものは、光や火のない世界で生きられない人間に、どんな本よりも不可欠な本なんだということではないでしょうか。
それではまたお会いしましょう!
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