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家具【短い小説】

 今日も激務が終わり、いとしの我が家へ帰れる。激務といえど、肉体的には全く辛くはない。机に座って自分のしたい事をやっていいのだ。隣人とおしゃべりしたり、材料を持ってきて工作をしたり、ぼーっとしていてもいい。

しかし、ひとつだけ暗黙の了解みたいなものがあって、常に笑顔を忘れないことであった。

馬鹿げた約束事だが、ひとたび忘れると様々な人にこっ酷く叱られる。これが激務たる所以だ。

 我が家は仕事場からは歩いて30分かかる。仕事場は比較的交通の弁の良い場所にあるのだが、我が家へ行くにはいくつか細い道を通らなければならないもので、バスはもちろんのこと、車も通ることが困難で、更には一方通行の道が点在しており、驚くほど時間がかかる通勤路である。

そんな我が家は築20年ほどの比較的新しいワンルームで、至って平凡な部屋である。玄関を入って1畳ほどの廊下があり、そこを抜けると6畳ほどの空間が広がっている。そこには私が長い時間をかけて使用してきた家具がならんでいる。

 黒の合皮が張られた椅子は日によって座った時に出る音が、ギギィだったり、ピュゥゥだったりと変わっておもしろい。

ソファは緑を基調としており、まず帰ってきたら最初に飛び込んで、しばらくぐったりするのがルーチンになっている。決して柔らかいわけでもなく、背もたれと座る部分の間が何でも吸い込みそうな程大きく開いているが、自然と心地よいのである。

鏡付きのハンガーラックは、オレンジ色で木材でできている。毎日この鏡で身だしなみを整えてから出かける。こんな色のハンガーラックなんて見たことなかったけれど、なんとなく気に入っていて自分の姿を映してくれる唯一のアイテムなのだ。

色も形も材質も全く異なっており、家具に必要な統一性と言うものはまるでない。しかしながら、一つ共通点があり、自分で買ったわけではなく、誰かからの貰い物だったり、おさがりだったり、気づいたらここにあって、ずっと居座っているのである。私はそんな家具達に居心地の良さを覚え始め、今では、歌を歌えば一緒に歌ってくれるようで、踊ってくれるようで、悲しめば、擁護し理解してくれるような、そんな気がしている。

 その日は冷たい風が木の葉を落とし、落ち葉を散らすような日だった。

私が家に帰ると鍵が空いており、椅子がなくなっていた。部屋中、ベランダ、どこをひっくり返しても見当たらない。空き巣にでも入られたのだろうか。いや、家具を盗む空き巣なんて聞いたことがない。結局何もかもわからないまま、椅子は無くなってしまった。

面白い音が出るからと、文字通り尻に敷いて乱雑に扱ってきたせいだろうか。

 その次の日、今度はソファが無くなっていた。全く理解ができなかった。全ての窓とドアに鍵をかけて家を出た事は間違いなく、今度は空き巣を疑う事は難しかった。

考えれば考えるほど頭が痛くなってきて、少し頭を冷やそうと外へ出た。

すると、一台の粗大ゴミの回収車が目の前を横切り、目に止まった。

そこには緑のクタクタになったソファが積まれていた。いつも見ていたはずのソファよりもかなり劣化していたが間違いなく私のソファだった。

急いで回収車に合図するも、その声は届かず、行方はわからないままとなってしまった。

 さらにその次の日、私は一日中家にいて、空き巣が来ないか見張ることにした。とっ捕まえて、何故このような事をしたのか聞きただす魂胆である。

一昨日や昨日とは打って変わって、気持ちのいい晴れの日で、ときどき雲で太陽が隠れるような心地よい天気だった。そんな昼下がりにうっかりウトウトしてしまい。少しの間目を閉じてしまった。

ハッとして、目を開けると目の前にあったはずのハンガーラックが無くなっていた。

「しまった!」と思い、急いで空き巣を追いかけようと玄関の方向へ振り返った刹那、目を疑うような光景が広がっていた。

ハンガーラックが器用に足を使うように歩いていたのだ。また、ハンガーラックのハンガーや鏡の縁などに、私の預金であろうお札の数々を挟んでいた。

私は唖然とし、腰を抜かしたまま、ハンガーラックが外へ出ていくのをただ眺めるしかなかった。他の家具達も自分の足で歩いて行ったのかは分からないが、いとしの家具がすべて、わけもわからずに私の元を去ってしまった。

 この一件の後、家具が去ってしまったのは家具同士の統一性がなかったと考えた。

私は家具を新調し、統一性を持たせた配色と素材にし事なきを得た。



しかし、あれ以降変わったことは、私はずっと笑顔でいつづけている事である。


「あとがき」
読んでいただきありがとうございます。初めてこのような少し長い文章(?)を書いてみました。全く訳のわからない文章だとおもいます。全くの自己中心的な文章です。しかしながら、少しでも皆さんに「周囲の人との関係」について考えていただけるようなキッカケになればいいなと思っております。僕からはそれだけです。


鯖の唐揚げ



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