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【小説】レモンジュース
今日は快晴の予報である。
ダウンを貫く寒さ。カッカッと歩を進める度、アスファルトの冷たさが靴裏に伝わる。
背中のリュックが鉛のように重い。鼻は赤黒くなっている。顔の前で手を覆いハァァと青白い息を吐きながら顔を温める。
手を拝むように合わせ、擦り、「寒い」と一言漏らす。
この時期の朝はまだ日が弱く、薄暗く、それでいて白んでいて、静かで、駅へ向かう人は私しかいない。
道中の商店街は駅に向かって伸びており、等間隔に電灯が立っている。その上には電線が縦横無尽に交差しているが、明かりはない。
24時間営業をしている牛丼屋とコンビニの明かりが、かろうじてこの薄暗い道を照らしている。それと下拵えをする豆腐屋が商店街の入り口を隠すようにモクモクと湯気を出している。アルカリの匂いを含んだ湯気を通りすぎる。
昼間は賑わう一本道も、この時間だと同じようなシャッターが延々と並び、無機質に縁取られたただの線になっていて、一歩踏み外せば奈落へ落ちそうな、ボーリングのレーンを彷彿とさせる。
少し進み、コンビニの目を刺すような明かりが眼前へ迫った時、私はふと手元を見て、昼食を家へ忘れたことに気がついた。
すぐさまコンビニへ駆け寄る。ピロリロピロリロという入店音とともに自動ドアが開き、ざっと店内を見渡す。入り口左手にはレジカウンターがあり、右手に広く商品棚が並んでいた。奥側のアイスケースを超えた先に弁当棚があった。搬入がまだなのか、弁当棚はガラガラで、棚上部のサラダとサンドウィッチが売れ残っており真っ先に目に入る。
しかし、昼食にしては心もとないと思い視線を下部へ移すと、運よく生姜焼き弁当が残っていた。プラスチック容器ごしの肉はジャーキーのように固くなっていて、下のご飯も乾燥で少し透明がかっており、よくできた食品サンプルのようだ。
ただ、電車の時間も間近で贅沢は言っていられない。レジに駆け込み、金額分の小銭を打ち付けるように出す。サッと商品を受け取り、軽く店員に会釈し少々歩幅を大きくし歩き出す。
店を出る時、少し自動ドアに肩が当たったように思えたが、そんなことは気にしていられない。
電車の発車時刻に間に合うのか不安で少々息遣いが荒くなる。
先ほどに増して白い息が克明かつ大きくなる。腕時計を度々確認し先を急ぐ。ハァハァと自分の息遣いが耳裏に響き、よく聞こえる。
早足で白い息を噴き上げる私は、ハタから見れば蒸気機関車のそれだった。
そんな人間機関車が駅へ到着した時は発車まで5分ほど余裕があった。駅は急行の止まるごく普通の駅で、改札を入って右手には1番、2番ホームがあり、左手には3番、4番ホームがある。改札内側の空間をエグるようにカフェが併設されていて、改札内には立ち食い蕎麦屋が端に居座っている。
改札前、呼吸を整えつつ電光掲示版に目をやる。乗るべき電車は2番線から発車することを確認し、ポッケから交通系カードを出して改札にかざし2番線へ向かった。
ここが始発であるため既に電車は来ており、エサを待つ鯨のようにドアを開けて止まっていた。一つの長椅子に一人が座ってしまうほど人はおらず、私は8号車の長椅子の端に座った。車内は私と同じような格好をし、リュックやバックを持った人が何人か見えた。
目的地は2つ先の駅から歩いて数分の所だ。予定時刻になりプシューとドアが一斉に閉まる。朝の到来を知らせるようなけたたましい発車ベルと共に列車が動き出す。
電車が進むにつれ徐々に日が顔を出し、吊架線を繋ぐアーチの足に日が隠れたり出たりを繰り返すことで、顔が明るくなったり、暗くなったりとチカチカしていて、とてもじゃないが目が落ち着かない。
やがて電車に揺られていると、天井から「次は〜……」と試験監督が説明をする時のような、やる気のないゆったりとした声で目的の駅の到着を知らせた。
キュゥゥンと停車した後、一斉にドアが開き、私や、その他大勢の人がホームへ出て行った。群衆が改札へ向かう中、私はホームに止まり、自動販売機へと向かう。
ずっと私を待っていたかのように、私が近づいた途端、「ピッ」という音と共に照明がつき、品揃えを見せてくれた。
私は決まって緑茶とレモンジュースを買うため、500円玉を挿入し、続けて2つのボタンを押した。寒さのせいなのか、筐体はヴゥゥンという音と共に「ガシャ、ガシャン」と商品を続けて取り出し口に落とし、小銭をガシャガシャと返却した。
手っ取り早く小銭を回収し、落ち切った緑茶と上の方で止まっているレモンジュースを回収した。
急いで改札へと向かい、足早に目的地である大学を目指す。眼前に先ほどのの群衆が見えたがお構いなしに追い越し、先を急ぐ。
ハァハァと息遣いが荒くなっていたが、もう白い息は見えなくなり、寒さもどこかへ消えていった気がした。そうなった時には目の前に「受験会場」の立て看板が見えた頃だった。
あとがき
総じて、情景を事細かに書くって難しい。