妊活記録2.体外受精(A病院採卵一回目)~ケタミンの悪夢~
かなり願かけもしたが、あっさり人工授精が失敗で終わったため、体外受精に挑戦することになった。
ここからが本番の不妊治療だ。
緊張と恐怖はもちろんあるが、もしかしたら一回で成功して終わるかもしれない!
そこまで自分の体には問題なさそうだし(PCOS気味なことがどう作用するかわからないものの)、夫の精子濃度だけが問題なら、体外受精の技術で何とかなるんじゃないかと思っていた。
この段階では血液検査や感染症検査のみで、精子濃度が話にならないぐらい低くて顕微一択と言われていたので、私の卵管の通りは関係ないらしく、噂の卵管造影検査やフーナー検査は未実施だった。
正直なところ、調べてみて卵管造影検査は原因を探るのみで不妊治療への効果も少なそうなので、やらなくてほっとした。
人工授精あたりから、私は本腰を入れてインターネット上に転がっている不妊治療の情報を暇さえあれば拾っており、特にアメブロと5ちゃんねる不妊治療板にはお世話になっていた。
諸先輩方は数値や具体的な薬名を挙げて状況を挙げてくれており、有名な病院と無名の病院の違いや、卵巣刺激の方法、病院の方針で治療がガラッと違うらしいことなどに、だんだん詳しくなっていった。
その中で、卵管造影検査の際に油性の造影剤を使用し、それが体内に残ったために炎症を起こして手術不可避になり、辛酸をなめた方のブログだとか、流産による手術で子宮内膜の掻き出し(内膜掻把)による子宮内膜異常が疑われる方のブログだとか、ある病院での死亡事故の記事だとかを読み、私は下手な病院を選ぶと不妊治療どころか私の体にも害が…!?と恐れおののいた。
今までの人生で、幸いにもそれほど医師や病院に深く関わることがなかったが、こと不妊治療については下手な病院に任せると命に係わる、とやってもいない体外受精だが、猜疑心というか、医師を疑う姿勢を持ったほうがいいんじゃないか、と考え始めた。
前振りが長くて恐縮だが、よく言えば自分の頭で考えて自ら選び取る姿勢で、悪く言えば不信感によるドクターショッピングで、私はこの1年足らずで3つの病院に通うことになる。
2023年11月19日に、人工授精2回目の不発確認後、プラノバールというやや強めのピルを服用開始し、10日間飲んで生理後からショート法による誘発が始まるという説明をもらった。
ショート法ってなんだろう、と調べたところ、点鼻薬を一日3回、8時間ごとに鼻に噴霧して、脳になんやかんや勘違いさせたりして卵を育てる方法だそうだ。
さ、三回!?とおののく私。
いやー…やると決めたからにはやらねばなりませんけど…
働いてる人無理ゲーじゃない??
時間に余裕があって多少自分の仕事を調整できるわたしですら、何かの仕事にかかりきりになっていると、トイレにこもって点鼻薬打ってきまーすなんてできない。
生意気にも、覚えたての知識で、今時主流のアンタゴニスト法がイイナ、変えてくれないかななどと思った。
この時は保険診療が開始してわずか2年足らずの時期で、アンタゴニスト法の薬が品薄なうえにめちゃくちゃ高価で、保険診療患者が望むのは図々しいなどとはよく知らなかった。
いよいよプラノバール服用後の生理が始まったのだが、2日目以内の通院だと厳に言われていたのに生理が来たのが土曜日の午後で、この病院は日曜日休診なので、そんなこと言われたってどうすりゃいいのさ状態になる。
月曜日に急いで受診したが、受付の方にも「2日目までの受診のはずですけど?」と文句?を言われ腑に落ちない気持ちになる。
無茶苦茶早口の看護師さんが渡してくれた処方箋には、院長先生が書いてくれたらしい字が殴り書きのように書かれ、「ショート法はムリ」と書いてあった。
なんかすんません。でも点鼻薬じゃなくなるらしいのですこしほっとしたのは事実。
そのようなわけで「ショート法はムリ」になったため、新たに処方された薬は「メトグルコ」「デュファストン」「カバサール」「ゴナールエフ皮下注ペン」の4種類。
メトグルコは、たぶん私がぽっちゃりしていて血糖値が高い?と思われるせい。
カバサールは、血液検査でプロラクチンが高値だったため。
看護師さんに「注射の練習していく?」と言われてためらったものの、家で失敗しても困るので、練習させてもらうことにした。
そんなに懇切丁寧でなく、説明書見て自分でやってねスタイルのもと、おっかなびっくりダイヤルを回してお腹に刺してみたが、針を取り付け取り外しにどっちの方向にまわすのかよくわからないのを除けば、それほど難しくも痛くもなかった。
なーんだ簡単じゃん!色々自己注射が痛くて辛い記事読んだから構えちゃったよ!痛みに弱い人が書いたのかなー
などと思ったが、その時は何も知らなくて、皮下注ペンが一般的になったのは本当につい最近のことで、かつてはガラスアンプルの薬を自ら配合して、本当の注射針で激痛をこらえて自分にシリンジ注射する方法しかなかったことを知らなかった。
上の感想を読んで不快感を覚えた方がいらしたら、すみません。
昨年の自分は無知で生意気でした。
帰り道が長かったので刺激法について考える。
デュファストンなる薬で黄体ホルモン補充をして排卵を抑える方法だから、PPOS法なるやつだ。最新の刺激法で、私が一番やりたかった刺激法だ。
OHSSの可能性が少なくて、アンタゴニストより注射が少なくて安く済んで、育卵の刺激ホルモンは注射でやるから高刺激にはなるやつ。まだ歴史が浅くてデータが少ないとは言うけど、ちゃんと受精して妊娠できてる人がいるなら、いいことづくめでしかないのでは…?
ゴナールエフ皮下注ペン注射は、たしか225単位を毎日投与だったので、私は毎日仕事後に家に帰って、お風呂前の時間に打っていた。
毎食後の薬も忘れず欠かさず服用し、その甲斐あってか、
久々にお会いした先生から「このAMHにしてはいい卵だ」※とおほめいただき(見てわかるものなのかな??大きさ?)右の方が発育がいいから右に合わせたほうがよいだろうとの判断をいただいた。
※私のAMHは2.08だそうでした
そんなこんなで、12月4日から225単位の注射を12月13日までの10日間打ち、黄体ホルモンで育った卵の排卵を抑え込み、12月16日に私は採卵手術を受けることになった。
トリガーはオビドレル皮下注射なるHCG注射だった。
時間厳守で12月14日の20時に注射とのこと。
色々な方の採卵体験記録を読み込み、静脈麻酔だろうが局所麻酔だろうがどうもなにかしらの痛みからは逃れられないそうだが、少なくとも静脈麻酔ならばその現場での激痛は味わわないですみそうなので、誘発開始当初から意識がない状態で採卵してもらえる、と聞いて安心していた。
珍しい?のかどうか、手術の同意書の中にすでに麻酔の薬品名が書いており、そこに「ケタラール」と書いてあった。ふーん、ケタラールかあ。
ちらっと調べたら主成分はケタミンというものみたいだ。
ピクミンみたいで変な名前と思った。
麻酔が効かなくて意識があったらどうしよう、とか、二度と麻酔から目覚めなくて夢の世界にさよなら、になったらどうしよう、とかしょうもない心配ばかり浮かんだ。
痛みとか、麻酔が効く効かないところでつまづくとは、まったく夢に思ってなかった。
当日、遅れもなく準備が進み、手術着に着替え、いかにもなオペ室の台に足をベルトで固定され、指に酸素飽和濃度計をはめられ、先生が登場し、一気に私の緊張感が高まっていく。
余談だが、こちらの担当の看護師さんたちはものすごくきゃぴきゃぴしており、「消毒忘れてるよー!」「あっやだー!」などと軽々しく交わされる会話に!!?と怯えた。
あまつさえ、先生は入室後、「ぴっぴがないわねえ」とつぶやいており、
ぴっぴ!?と危ぶんだが心電図のことだった。
えっこれを忘れるの!?大丈夫!?
「麻酔入りまーす」の声にここで私は急に不安になってきた。
夢の世界に旅立つのはいいが、そのまま帰ってこなかったりしないのだろうか…?
横にいる看護師さんに「これ、ちゃんと目が覚めるんでしょうか。そのまま目が覚めなくて永遠の眠りについちゃったり…?」と話した後、看護師さんが「大丈夫ですよー」と言ってもらえたかどうか覚えてない。
視界がぐるぐるしてきて、まさに昏倒という表現で、何もわからなくなった。
そのあとは、筆舌に尽くしがたい悪夢を見たというか、自分が悪夢だった。
時間間隔のないX次元のような世界に急にトリップして、私は人間であることをその世界で永遠に忘れて、溶けた液体状の生物のようになったと思う。
筆舌以下略と言ったが、目覚めた後に不妊治療そっちのけでケタミンによる悪夢の記憶を文章に残して記録に残すことと、自分と同じ体験をした人がいないかどうかを探すことばかりに熱中した。
もうなんならここに公開しているしょうもないテキストだけの記事も、ケタミンについて残したくて書いてるのかもしれない。
不妊治療中であることを誰彼構わず話しているわけでもないので、この苦痛で珍しい体験をごく親しい人にしか言えないのがもどかしい。
私はケタミンで脳が溶けそうになる悪影響を感じて、それがものすごく怖かったので不妊治療をやめようと思ったし、この病院では二度と採卵術を受けまいと思って実行してます。
ここのタイトルの趣旨からはずれるので、別のところで悪夢については書くつもり。
永遠の悪夢の中で、不気味な音が絶え間なく鳴るのが聞こえてくるのと、下半身内部左側に尋常じゃない痛みと圧迫を感じて一度目覚めて、
「うわ…現実でも悪夢の最中じゃん…終わってないのに目覚めちゃったよ…いたい…いたすぎる」などとぼんやり最悪を感じて耐えていたところ、麻酔を追加してもらえたらしく、再度の昏倒。
ここでは幸い悪夢は見なかった。
次に看護師さんに名前を呼ばれて目覚め、ストレッチャーに自力で移るように言われ、点滴が必要だから、と2時間か3時間休んで、ようやく帰ることを許された。
よく聞く吐き気は特になかったが、とにかく下半身が痛くてまともに歩けない。下半身というか、脚じゃなくて、本当に卵巣。
いままで卵巣を意識して生きてきたことなんかないが、このときははっきり卵巣が悲鳴をあげているのを感じた。
私も「もう続行無理なんだけど」と思っているが、卵巣も左右両方で「もうマジで無理っすわ、本当に限界っす」と言っている。
夫は仕事なので自力で歩いて帰らなければならない。
最寄りの駅まで徒歩5分の病院で、そこから電車で20分乗って、自宅は同じく駅から徒歩5分の貸しマンションなのだが、普段ならなんでもないこの距離が、途方もなく遠く感じられた。
一歩一歩覚悟を決めないと足を踏み出せない。
足が不自由な方の気持ちがすごくよくわかった。
エスカレーターやエレベーターなどがものすごくありがたかった。
満身創痍、這う這うの体でやっとの思いで家にたどり着いた。
採卵は土曜日だったのだが、私は三日後ぐらいまでは寝たきりになり、歩けなかった。仕事も三日休んだ。そのあともよちよち歩きしかできず、
職場で「YOKOさんどうしちゃったの」とひそひそ言われた。
余談だが、ここで珍しく予定外に仕事を三日休んだため、それまで一番詳しく不妊治療について話して相談していたおばちゃんパートタイマー職員に不妊治療していることをその仲良しに勝手にばらされていた。
復帰したらこれにも悩まなければならず、もう本当にきつかった。
このときはOHSSまではいってないが、それに近かったと思う。
この採卵で採れた卵の数は、全部で22個。
夫の精子は16要るところが2.6。すくな!
卵の数に関しては多くてよかったと思ったが、あんなに長かったし、苦痛だったから、そりゃその対価として当然これぐらいは取れるだろう、の気持ちだった。
1週間後、ようやく歩けるようになり凍結結果を聞きに行ったところ、胚盤胞が2個凍結、だそうだ。
自分の正直な気持ちを書きますが、実をいうと、ショックでした。
2個残ってくれたおかげで絶望しないで済んだが、あんなにつらい体験をして痛みもあったから、3~4個はいきたかった。じゃないと第二子を考えたらとてもじゃないけど足りないし、私に何も問題がなくても、卵の染色体異常を考えたら何度かエラーを体験した後、やっと正常卵にあたることもあるようだから、なにせ数うちゃ当たる方式で数が大事なのだ。
なのに、たった二個。やっと二個。
説明は胚培養士が直接してくれるのだが、その方が女子大生?と思うほど若くて話しぶりも頼りなく、さらに説明で見せてくれる、途中経過を記録していると思しき資料が明らかにルーズリーフみたいなレポート用紙に手書きなので、私の中でこの病院への信頼が怪しくなってきた。
この資料は卵一つ一つについて詳しく何日目にどの状態だったのか専門用語で書いてあった。
はっきり言って、一度の説明では何もわからなかった。
持ち帰りは許されず、家で悶々としたので、後日写しがほしい、もしくは写真撮影をしたいとお願いしたところ、自分で見るだけなら、と許された。
この写真がなければ今でも私はここの22個中の脱落者20個(SASUKEぐらいの難易度…)について知ることはできなかったので、OKが出て感謝している。
結果
採卵できた卵の数 22
成熟卵 16
正常受精 9
3日目に生き残っているのが 9
(細胞数大きい順に 14 10 8 7 6 6 5 5 1)
5日目 exp-blat B+a 空胞 空胞 くっつき++空あり 4 4 未記入×2
という具合だったらしい。
非常な苦痛だったが、PCOS気味とはいえ22個採れたのはかなり多いほうだろう。
成熟卵ももっとあってほしかったが、悪くはない。
受精数…低くない?半分以下だよ…
これを見ると、三日目に細胞数?が2ケタにいってないと、胚盤胞にはならないらしい。
この2個でうまくいけばいいけど…。
いやもう二度とこんな苦痛な目にはあえないので、うまくいってくれなければ私の不妊治療は終わってしまう。
それまで頻繁な通院や読めない通院日程と待ち時間が長いことを除けば、診療時間が遅くまであり、仕事が終わった後でも通えるこちらの病院に通うことはそこまでの苦痛でもなかった。
もっとちゃんと説明が欲しい気持ちもあるが、院長先生おひとりでやられている小さな病院なので、仕方がない。
だが、12月の採卵を境に、不妊治療は私にとって耐えがたい苦痛なものに変わった。
二度としたくないという悲壮感をもって移植に臨む余裕のなさも、かなりストレスだった。
やめたかったし、夫のせいでなんで辛い思いをしなくてはいけないのかと面と向かって本人にも言った。
夫が人の気持ちをダイレクトにわかってくれるタイプじゃないので、その気持ちを言っても「辛いよねー」と言うだけなのも腹が立った。
いいよね男は出すだけでさ…。内臓にいっぺん針刺されてみろや…と恨みの声が何度も頭の中で響いた。
思い出すだけでも苦痛な日々だった。