見出し画像

目標について、音羽山親方の言葉から考える

Abemaの公式Xでバスケ姿を惜しみなく披露し、私を萌えさせている元横綱鶴竜の音羽山親方。

そんな音羽山親方が、以前トークショーでお話された「目標」についての論がとても印象に残っています。

目標に向かって取り組みを継続するためにどうするかという話で

「(現役時代は)人間だから、今日はだるいな、稽古を休みたいなと思う日もあった」としつつ

「それでもやっぱり自分でこうなりたいと決めた目標があるわけだから」とおっしゃいました。

それを聞いて最初は、親方の精神力の強さに感服していました。

でもよくよく考えると
たしかにそれもあるけど、このお話の中でむしろ注目すべきは「自分で決めた目標」のところだと思い直しました。

心からやりたいこと、目指すもの、どうしても実現したいこと、これが見つかった時点で、マリオで言うところのスターなのかも。「だるい」「面倒」も超越する。

今のように自由な環境であれば、本心から望んでいないことのためにそんなに頑張り続けることはできないと思います。

180度回転して、
よく「人間は痛い目に遭わないとわからない」と言いますが、これも痛い目に遭って心底こりごりしてもう絶対に同じ過ちは犯さないぞと心の奥底から思うから、以後気をつけるわけです。

人が心の底から「これをやるぞ」あるいは「これはやらない」と思えば、強いということでしょうか。

では、これがやりたい!と内部から突き動かされるような強い衝動はどうしたら生まれるのでしょうか。

音羽山親方のお話から、本当にやりたいことを見つけ、ただひたすらその道を邁進する、そんな生き方に強い憧れを感じました。私はまだそういう意味では迷子であり、よるべがない気がしています。

この記事が参加している募集