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タイピスト4

 A氏は益々思い悩んだ。
 そして家へ帰る前日の夜、ついに勇気を出して父親へ打ち明けた。
 父親は、しばらく沈黙したのち、「うん。俺もある」と言った。 父は真面目な顔で、自分も少年時代にその音を聞いたことがあるという。 
 少年期から大学生頃まで続き、その頃は自分もしごく気にしていたという。 しかも中学生くらいの頃に変なことがあったと言った。
 夜やはりカタカタと音がし、ふと止まったのだという。
 不思議に思って目を開けると、そこは家の自分の部屋ではなく、何もかもが真っ白で、CTを撮るような機械に寝ていたのだという。 横を見ると、今のパソコンのようなものがあり、近くのモニターに文字のようなものが見えた。
 タイピストはいなかったという。
 「それでどうしたの」とA氏が聞くと、起き上がるとアラームが鳴って、床から霧が立ち込めたという。
 直感で吸ってはいけないと思って息を止めたけれど、我慢できずに空気を吸ったところ、却って一気に吸ってしまって、一瞬でくらっと気を失ってしまったと言った。
 目が覚めるといつもの自分の部屋であったという。 それからも、たまにカタカタという音は続き、大学生くらいで止んだと言った。
 帰り道、妻に車を運転してもらいながら、父親の言っていたことを思い出していた。
 時間が経てば経つ程、父親の話は嘘のように思え、“あまり真剣に思い悩むな”という父なりの冗談であったのかとも思えてきた。

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