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タイピスト5

 問題は相変わらず問題として、A氏の頭の中に鎮座していたし、カタカタという音は続いていた。
 A氏は、考えの方向を変えて、声を思い出そうとしてみた。
 しかし思い出そうとすると声色が思い出せない。
 子供のような声にも思え、おじさんの声にも思えた。
 次に声が言った内容について考えてみた。声が言った意味というか、何故そう言ったのか、あるいは何故そう自分が言わせたのか。
 しかしどれも、考えても考えても答えは出なかった。

 時が流れて、A氏が50を迎えたとき。
 不意に戦争が始まった。 
 最初誰もが、こんなバカげた戦争はすぐ終わると言ったが、もうすでに5年続き、ついにA氏も戦地へ送られた。
 A氏は叢の中にいた。仲間とはぐれ、1か月になろうとしていた。
 叢に這いつくばり、銃を構えていた。
 眠く朦朧とするが、どこに敵がいるか知れない。
 異国の太陽が照らす。
 まるで他所から来た彼を焼き殺そうとしているようだ。
 彼は無宗教であったが、この戦争で改めて神はいないと思った。
 ふいに叢の穂先が揺らめいた。
 敵か否か。
 歩腹前進をしている敵か、あるいはただの小動物か。
 敵でなくとも小動物であれば食料にありつける。
 彼は引き金を引いた。
 パンと弾ける音がして、どさっと地面に手ごたえがあった。
 鳥が何羽か飛び立った。
 彼は叢を這って見に行く。
 叢をかき分けると、そこには少年が横たわっていた。
 瞬間、彼はこの戦地のどこかにいる息子を思った。
 そして、激しく心が枯渇していく様を味わった。  頭の中に稲妻が走るように、目の前の光は点滅し、激しい目眩がした。
 彼の体は叢に突っ伏したまま、感覚的に激しく上下した。魂が上下したといおうか。いや、違う。魂が左右にも揺れていた。彼の体の中で、彼の中身が激しくシェイクされていた。
 激しい光の点滅は続き、その合間、彼は白い天井を見た。
 彼は父親の話を思い出した。
 しかし、次の瞬間にはいくつもの人の脳の羅列を見た。
 その辺りで、彼は疲弊して意識を失った。
 そのまま夜になった。
 そしてまた、カタカタと音がし始めた。
 が、すぐに音は止み、「ああ、この良心もまた死んだ」と声が言った。
 そしてカタカタという音も声も、もうすることはなかった。

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