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八木勇征さんが作り上げた「美しい彼」の「清居奏」とドラマ版美しい彼が大好きだという話

さて、ドラマ、「美しい彼」の1期を見終えた時、私は書店に走り凪良ゆうさんが書いた原作本「美しい彼」を手に入れた。
たしかに当然のごとく原作も面白かった。
原作は三巻出ており番外編も一冊ある。
だが、私は原作は一作目の「美しい彼」以降は読んでいない。いや、読まないほうがいいと私なりに判断した。

原作を読んだ結果、私はやはりドラマ版の「美しい彼」が好きだということに気がついたからだ。
ドラマシーズン2が始まりやはり原作との大きな違いは清居奏という人間だと思う。

ドラマ版の清居奏という人間は

「想いを伝えれば結ばれると信じていた」

と考えている、なんというか、純粋で言葉の選びが奇麗な思いの深い人間で、その反面傷つきやすく、平良に関する事柄についてはなんというか、子供のように幼い。

原作1巻のみしか読んでいないが、原作の清居には1巻までではあまりそのような面はない。
良くも悪くも現実的だ。

いちばん違うなと思ったのが
「神様みたいに思ってるのに自分の手が届くなんて思わなくて」
という平良に対し、
成程、確かに自分もキリストや仏陀と友達になれるとは思わないな、とか冷静に状況を分析しているのだ、
原作の清居は。なんというか上手く説明出来ないが知能犯っぽさがある。

私が考えるにドラマ版の八木勇征さんが作り上げた清居奏は多分そこまで冷静に状況は分析している間もないまま
「俺は神様じゃねえよ」
と言ったと思う。
ただ神様みたいに思ってると言われて神様じゃねえよとそのまま思っていることを。

私はそんなドラマ版美しい彼の清居奏が好きだ。
二期が始まり、ドラマ版の清居奏は平良の影響か表情は軟らかくなり人柄も丸くなったように思える。
平良と共に暮らしエビコロを食べお買い物をしパーティーに行き
「誰かに取られそうになると死にそうに寂しい」
等と考え「どっこもいくな」と縋り平良が永遠をくれることを願っている。

健気な、思いの深い、愛おしい位純粋に平良を見ている清居が私は好きだ。
こんなに愛されていることが当の平良にはあまり伝わっていないのが不憫でしかない。

シーズン2の第3話で平良は
「俺と清居は1ミリも交差してないんだよ」
等と言って清居を泣かせたが何を言っているのか
何を見てきたのか

清居は平良と付き合ってから表情豊かになった。
下手ながら鍋も作るしものすごくデレるし幸せそうじゃあないか。
トゲトゲのサボテンみたいだった1期からこんなに変わったじゃないか。

滅茶苦茶交差してるんだよ。

平良の放った言葉でこんなに表情を変えてこんなに泣いて傷ついてしまうほど清居は傷つきやすい。

それだけ、清居は平良しか見ていない。
平良と共に居る時間に幸せを感じただ一途に自分の想いを、愛を貫こうとしている。

「想いを伝えれば結ばれると信じていた」

ドラマ1期のこのモノローグを聞いた時、なんという言葉なんだと感動したのを覚えている

「上手くいく」でも
「彼氏になれる」でも
「両思いになれる」でも「付き合える」でもなく

「結ばれると信じていた」


……なんというロマンチストなんだ。
一生の、人生ただひとり選んだ相手だと、この若さで初恋の想いの行方をすでに決めている。

なんという男なんだ……

そしてシーズン2の3話
自分と同じ想いの土俵に平良が立っていなかった事を知って散々傷つけられたのに、清居は平良に言う。

「ごめんな、お前のこと好きになって」

なんという男なんだ。
そんなに、そんなに、そこまで思いやってあげるのか
なんという想いの深さだ。


1期、「想いを伝えれば結ばれると信じていた」
このモノローグを聞いた時、もしかしなくても清居は、平良が清居を想うよりも深く深く平良を愛しているのではないか……そんな風に思った私は間違いじゃなかった気がする。

そんな傷つきやすく、想いの深い、八木勇征さんが作り上げたドラマ版「美しい彼」の清居奏が、私は大好きだ。

二期最終回、映画と、楽しみは尽きない。
すべての関係者様に エターナル。









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