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【短編小説】物語は搾取されました 三、運営事務局問い合わせ係、阿部 前半


 次の動画は炊飯ジャーから始まった。
 真上から撮られた炊飯器は正しく円を描き、その内側のごはんは雑穀米の薄ピンク色に染まっていた。
 熱っ、熱っ、と言いながら、妻の華奢な指がおにぎりを握る。お米の熱で手のひらが赤くなるのも構わず、小さめの三角おにぎりをせっせとこしらえていく。それを海苔で包み、白い皿に並べた。
 その指先に目を奪われていたのに、画面が突然シルバーの小鍋に代わり、わかめの味噌汁をよそう映像になった。 
 その隣でカシャカシャと音がする。菜箸でボウルに割り入れた卵を解いているのだ。
 卵焼き用の浅くて四角い鍋を火にかけられ、男の卵液を待っている。

〈彼の作った卵焼きを食べるのが、休みの日の贅沢です〉

 テロップとほぼ同時に、妻の唇が微笑んだ。
 男も口元を緩ませながら、鍋に卵液を流し入れた。卵が焼かれる音は達哉の焦燥を煽った。
 胸が焼け付いて居ても立っても居られない。

 コメント欄を開く。

ーー元カレとなにしてんの?

 達哉は送信ボタンを押した。一度画面を落とし、ベッドに横たわる。

(果たしてこの後どうなるかな)

 黒くなった画面に自分の顔が映り、その情けない表情に達哉は慌てて目を逸らした。

(いや別に、ちょっと苦言を書き込んだだけだ)
 
 素知らぬふりをしてみても鼓動がうるさいのは止められない。気を抜けばサイトを覗いてしまいそうだった。
 テレビをつける気分にもなれず、気を紛らわすために同階にある自販機に酒を買いに行った。
 しかし、よく冷えた缶ビールを握りしめて部屋に戻ってきても、達哉は浮き立っていた。
 缶をあけて、冷たいビールを喉に押し流す。

(なにか返しはあったかな?)

 我慢しきれず、早々にサイトを覗き込んだけれど、達哉の期待も虚しく、全くの無反応だった。
 Shimasaki J本人からもそうだが、コメント欄を連ねる他のユーザー達も、達哉のコメントはなかったかのように動画を褒めちぎっている。
 自分でも意外なほどがっかりした、その時。電話がなった。

(誰だよ)

 不機嫌なまま出ると、低く落ち着いた女の声がスマホの向こうで喋り始めた。

「物語は搾取された運営事務局問い合わせ係、阿部です」

 心臓が飛び上がる。
 さっきまでの期待を込めたドキドキではない。

(何事だ?)

 悪い予感が胸に広がり、黒い影を落としながらざわめく。

「この会話はトラブル等の未然防止のため、録音させていただいております。ご承知おきください」

 一通りの決り文句を吐き出したあと、

「誹謗中傷コメントについて削除したことをご連絡致します」

 電話の向こうの声はそう言った。達哉は言葉も出なかった。

「あなたのコメントは本サイトの利用者のプライバシーを侵害するおそれのある行為と見なしました」

 頭に恐怖が過ぎる。これは訴えられるのだろうか。

「今後このような行為をしないと約束できますか?」

 誹謗中傷と見られたのだろうか。

「すみません。もうしません」

 達哉はびっくりするくらい素直に謝っていた。相手にとっても予想外だったのか、問い合わせ係は不自然な間を一瞬置いてから、再び話を始めた。

「では、約束の上でもう一つよろしいでしょうか。Shimasaki Jさんへのコメントですが、何故あのようなことをしたのか、教えていただけないでしょうか。お話することで、強制退会や法的措置に移ることなく、この件は終了とさせていただきます」

「どういうことですか?」

 話の方向が変わり、思わず声がうわずった。この女、何を言っているのだろう。達哉は眉を寄せる。

「話してください。どうしてあのようなコメントをしたのか」

 なぜそんなことを話さなくてはならないのか。見知らぬ人間に。

「拒否したら?」

「退会、もしくは罰金です」

 返答の早さに苛立つ。

「なんだよそれ」

 問い合わせ係は聞こえるか聞こえないか微妙なラインでため息を漏らした。しかし、冷静な声色はそのままに説明を続けた。

「動画そのものと同様、コメントも人を集める物語の一つとして利用します。利用規約にも書いてありますよ」

 登録するときは頭に血が上っていて、説明をよく読まなかったことを達哉は今更後悔した。

「ここは物語を搾取するためのサイトですので」  


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