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【短編小説】物語は搾取されました 六、これが私のプチ贅沢です

 達哉にとって、ホテルの朝食バイキングほどの贅沢はない。
 朝食チケットを出して、白い皿に食べたいものをチマチマ並べていく。このホテルはパンの種類が多くて迷ってしまう。
 普段、朝は米派なくせに焼き立てのパンの誘惑に負け、作りたてのオムレツのトロトロを頬張り、最終的にカレーで締めていたりする。 
 今朝は、会場にいるほとんどの客がスーツを着ていた。これから仕事なのだろう。
 これから家に帰るだけの達哉はちょっとした優越感を覚えながら、コーヒーを啜った。
 その苦味は昨夜の顛末を思い起こさせた。
 動画を見たときの衝撃や、サイトからの電話、情けない自分の行動。

(俺にあいつを責める権利なんてない)

 妻に隠れてコソコソ何をしていたか。言えたものじゃない。

(そんなことより)

 今朝、浮かんだ疑問を反芻する。
 顔を洗った後、鏡に貼りっぱなしの付箋を剥がして気づいたのだ。

 この付箋を靴の中に仕込んだのは誰だ?

 朝、自宅の玄関ではいた靴。
 出張は、行きは上司と一緒だから靴を脱ぐ時なんてない。自宅以外は考えられない。
 でも、もし靴をはいた瞬間にあれに気づいてら、ゴミとして捨てていた。
 靴の中に入れられた付箋のメモを見つけて、その内容を検索する。
 そんなことをするかどうかなんか、わからない。

 妻が黄色い付箋を自分の靴に入れる映像が、頭の中を通り過ぎていく。
 これは、妻の賭けだったのか。
 もしくは、ヤケクソだったのか。

 寂しい

 達哉は妻の声を聞いた気がしたのだ。あの唇から漏れ出る声を。これから家に帰る。
 いつもより早く帰宅すれば、こどもたちは学校に行っていていない。妻とふたりきりだ。

 動画を見たことは言わない。秘密にしておく。

 その日から、達哉は出張先で遊ぶのをやめた。その代わり、Shimasaki Jの動画を見る。動画の妻を見たあと、本物の妻のもとへすぐに帰る。
 顎のほくろも、白い首筋も、達哉のものだ。

(これはサイトの外の話だ。決して搾取されない)

 だって、本当に触れることができるのは達哉だけだから。
 今日も、エプロンのリボンを揺らす妻の、本物の後ろ姿を見つめる。

〈これが私の小さな贅沢です〉

 達哉の脳裏には白いテロップが浮かんでいた。




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