わたしの心臓は 極上の空気を 忘却からも失われ ただ得体の知れない華やぎだけが残る そんな香りを 味わい 巡らせて 鼓動を 倦むことなく 繰り返している 熾烈なる豪華に焼かれた 愚鈍の濁流が吐き出した 見るも惨めな無知の 溶解した姿 だが この苦渋を… 打ち捨てられて 怨恨を抱く血液のように 飛び散った 恐怖の転落死体を… わたしの舌は 狂喜して 地を這いながら 啜り 舐めずりまわしている 荘厳なる天上の世界に 横たわる父が 眠りの乳房から 慰めと愛と美貌とが混じり合う
逆転する暗澹たる日々に 燻らし凍える三輪の花から 溶けて流れる無蓋の蒼天 砕けた恋歌の残滓となった屈辱が 仰ぎ見る悲哀の空 どよめき立ち並ぶ街頭に 宿る魂たちは消沈する 超越せよ!胡乱なる肉体に迸る天変地異を 結露せよ!暮れて明ける藍色の死体たちよ 虚空を裂いて 不抜を揺るがし 閫外を彷徨い 堕落した王都をめぐり 澱む月空とその残影すらもを貫いて 強情たる宙へのきざはしを踏み壊せ!! 愛の証明にしくじった者たちの甘美な溜息を啜り 内なる欲望の渇きを癒すことを忘れるな ゆ
静かに… 夜ガクル 夜ガクル 焼かれ爛れ渇き苦しむ、大量に製造された亡者たちを引き連れて 夜だ、夜はもうここにいる … 砂漠に君臨する一本のポプラの巨大樹は かつてといまとこれからの罪過を吸って育ち その幹の心臓を神へと変えて洞をつくる そこでひとりの永遠は、産褥に就く間もなく その神をおんぶして、彷徨う まわりには 恐怖の、歓喜の、そして破壊の影が 呪詛を口遊みながら なかよく手をつないで囲むようにして踊る (ふりかえり、樹見タラ葉、、、は亡くなっていた…) … 道
時の手で 抉り抜かれた魂に 鏤められた灰は 時の手で 囁くように集められて 甦った襤褸は 時の手で 引き裂かれて 澱み流れる 穢れた血は 時の手で 掬ばれて あなたの口にそそがれる 過去の坩堝となったあなたを 貫き 駆り立てる 廻る鮮血を吸った 時の手が握る筆から 雫が ふと 滴り 静寂の跫音を奏でながら 黄昏を越えて 天へと堕ちて 滲み 融けて 乾き 夜霧が立ち籠める やがて 闇に咲く、砂漠の舞姫、永遠は 海を凪ぐ
かつて 生を明滅させる酔いをもたらす香から這い出てきた 生きた人の影を蝕む蛆虫 その巣窟こそこの世の黒い喉となる そしてあらゆる過去の絶望を飲み下した蛇の通り道 世界の腹を這いずり回り どす黒くなった永遠の孤独のひしめき 蠢き 渦巻き 蹲り とぐろを巻いて 自らの永遠を数えている 自らを飲み干すその時まで 無限に晦冥する揺蕩いに変わるため… 盤石の層を懐かしみ 朽ちてゆく身体を眺め 私と私で絡み合うひとりの婚約にやがては倦む 自らの皮膚に 自らの牙で刻んだ 自らの名前のブレス
今しがた、文芸思潮さんから奨励賞の通知を頂きました。大変光栄なことだと思い、感謝したく。ただ、昨年と同様奨励賞に留まったのは、当方忙しく…と、いろいろと見透かされたところはあったと思う。審査員の詩を評価する鋭敏さに驚嘆します。来年の応募する詩にはより時間と労力と血を注ぎたい。
夜を 眠りの泥舟で渡る やがて 朝日の寒気を纏う暖かな光が 大地の瞼を開き 暗い海を割って頬へと零し流す 誰もが忘れたなにかを導くように そして いま瞳に降り立つ 野に無数に咲く哀憐と祈りの花々は 夢も幻も見ない世界の果てしない寝返りをためらわせる ゆっくり垂れる、垂れ落ちる光の乳を吸っている その花びらは死んだ星たちが煌めく夜を開いている そんな夜を覗いている
磔られた遠きわたしの幼き存在から目覚める轟に 耐えて 崩れた うちゆらぎ、ぼやけた城のなか 暗く虚空は広がり 因果は荒ぶ 静寂は啜り泣きすべてを飲み込む 朽ちて 捲れ 剥がれ落ちてゆく皮脂の瓦から覗く 瞼のない夜の眼差しは なにを瞳に宿すのか そう、語りえぬなにかを 忌み 蔑まれながら 愛され 祝祭された 胎児を 唾撒き散らす 底抜けた頭の持ち主は 喧騒と喝采に煽られ 豪雨のごとき鳴らす歯に噛み砕く 勢いのあまり その哀れな子を その亡骸を 揺籃のように手ですくいあげて
青白の 奉納する浅い夜の蝋細工の手に ちぎられ 曳かれて 攫われて 静かに転落する うつらうつらと ひらひらと 滴り零れゆく肉の花弁の雨 微かにうつむき響くその葉音 腐臭漂う霧と霞の狭間の嗄声 べたつく血の梅雨を感じる ああ 吐き気、吐き気 吐き出した嘔吐を飲み込んで 裏返る身体に祝福する 枯れた肉の大地に華やぎを 散った肉の空に木漏れ日を
ただ、語る、沈黙を語る 未だ、語る、沈黙を語る こうして、終わりを讃える だが、私が語らなかった沈黙をあなたが語る そして、私が語らなかった沈黙をあなたが語る こうして、閉じた音曲のなかで時が時のない時を刻む (秋の寂光院にて、盲目の琵琶の音色とともに語り、最果ての縁でよろけるツェランを真似た吃り)
昏ク、沈ミユクヨウニ 仄カニ、滲ミダス 虚無 神ガ吐血シ滴リ落チテ、波打ツ海ノ皮膚モ今ハ …凪イデイル、死モツラレテ眠リニツク 深イ、深イ、海ノ底ニ舞イ落チテユク 空ノ貝殻ガ ソット横タワル…少シノ砂煙ダケガ葬式ヲアゲル……傍デ永遠ヲ誓ウヨウニ、ソノ空ノ亡骸ノナカデ 時ヲ忘レテ泣キ続ケル 光ノ手モ届カナイ静カナ昏イ海底ノ蒼天ヲ眺メテ ダガアルトキ…送リ人タル小サナボクタチガ、空ヲ越エテ眺メ、フト泡沫ヲ漏ラストキ… 虚空デ 白ク輝ク魚ノ骨ノ宇宙探査船ノ 夢ヲ見タノダ 残滓ト
眠りの先にある夢の通路に隠れる 人ひとり通れるか細い道を抜けて 寄る辺ない蛇が宙に踠き、のたうちまわり螺旋を描くように 崩れかけの石階段が高い 踏み外せば命はないというのに 歪んだ樹々が行く手を阻む 見下ろせば地に血の落葉の徒霞か 僕が望んでやってきてくれた夏の熱気が僕の望みを越えて 沸き立ち 読経する蝉時雨を無音にし 恥ずかしみ遊びに誘う木漏れ日を遠のかせる 微かにまだ生きている肉体に滲む汗に乾涸び溺れ死ぬ生々しい冷たさに触れている 石を砕いた剥き出しの根と 時の土
・前置き 滑稽で間抜けで出来損ないの詩を作ってしまった、と書いた当初考えていた。 私の無意識にあるものを引っ張り出そうとした言葉のため、無秩序となっている詩です。だが、いくつかの比喩表現は面白いため、そこを取ってまた新たな詩を作ってみたいと思っていた。そして、この出来損ないの詩のおかげで「翳の叛逆、その兆し」という詩が書けた。念のため記録としてこの詩を残しておくとします。 無垢無期懲役の目覚めは 吹き飛ばす、粉塵を 散り舞う芥の過ぎ去りし者たちを 消えた、忘却のなかでさえ
「静か夜とろけて季節めぐる」 この詩は、京都のしんと冷える冬と石川啄木の美しい冬に導かれました。また「奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき」にも。落葉を踏む山奥の孤独な鹿の声を聞き秋の物悲しさをうたう歌ですが、その寂しき足にさえ踏まれた惨めな紅葉となって冬に凍え朽ちて
夜の手に曳かれて攫われて 我は今 転落する うつらうつらと 零れゆくひとひら それは祝祭の血飛沫を上げ 回帰する抑圧に渦巻かれる 落葉は更なる憑座の落葉を呼んでいる 紅に散り敷かれ靡く一面の水鏡は 寂しく鳴く奥山の鹿に踏み分けられて 砕け散る 亡霊となりゆらり揺らいで 花燈を白く鎮める霜に震え 石階を寂寞に濡らす雪に沈み 死装束を纏いて水晶の繭に凍てつき眠る 夜の靄の如く我を封じ込め 垂氷の喪屋が立ち並ぶ 群青の霊園は あなたのなかで口溶けて
神の名のオルゴールの 記憶よりこぼれ落ちてゆくものを指差してみる 時の胡桃はほつれゆき ほどけていく襤褸の天空より垣間見えた 腐った日輪の翳は薄れゆく 地を染める数滴の穢れた濁り雫 平日の麗らかな豪雨の午後を歩きやがて立ち竦む者たちだけを世界に取り残して 忘却の墓にすら棄てられず 無の揺籠のなかで冷たい時を 不動の罪を抱えて逆流していく ああ 詩の死の潮に駆られ 我が一刀の指で 過ぎ去った時代の星座を紡ぐ 海は噴き上げ空を描き、大地に命を泡立てる そして 新たな