【短編戯曲】屋上
《登場人物》
・女
・男
気付けば暗くなってすでに夜。
ビルの屋上。
男、ビルの屋上で電子タバコを吸っている。
スーツの上からコンビニの制服を着ている。
そこに女、スッと現れる。
女 こんばんは。
男 ・・・こんばんは。
女 もう夜ですね。
男 ・・・ああ、はい。
女 昼と夜、あんなに違う空の色、境界線は一体どこにあるんでしょう?
男 ・・・さ、さあ。
女 考えて見て。
男 え。
女 …。(男をじっと見ている)
男 夕方・・・とかですか?
女 そう。夕方。
男 ・・・ああ。
女 夕方みたいに私はなりたい・・・。
男 ・・・宮沢賢治ですか?
女 何ですか?
男 あ、すみません。忘れてください。
男、電子タバコを一吸い。大きく煙を吐き出す。
女、柵の下をじっと見ている。
女 このビル、高いですよね。34階。
男 ・・・そうですね。
女 一階にはコンビニ、一階を除くほかの階は大企業のオフィスが入ってますよね。
男 日山商事。コンビニ務めとは天と地の差ですよ。
女 本当にそうでしょうか。
男 そうでしょ。
女 私、飛びました。一度。
男 え?
女 …。
男 え、飛んだ…? ここから?
女 ここから…。
女 え…?
女 私のこと、覚えてないですか?
男 え、どこかでお会いしましたっけ…?
女 思い出せないならいいや。(去ろうとする)
男 ・・・白石さんでしょ。
女、立ち止まる。
女 (振り返らず)・・・。
男 ・・・え、絶対そう。白石さんだ。
女 ・・・。
男 バイトを飛んだ、白石さんだよね。
女 (振り返り微笑んで)なんだ。忘れてないじゃないですか。
男 いや、忘れないから。バイト急に飛んだ人のこと。
女 (微笑みながら)さすがだなぁ、店長は。
男 余命わずかな清純派ヒロインみたいなスタンスやめて? え、てか今更なんですか?3年前に突然バイト飛んだくせして。
女 もう一度、バイトさせてください。
男 やだよ。何言ってんの。
女 人、足りてないですよね。
男 うん、足りてないけど誰でも良いって訳じゃないからね。
過去に飛んだ人とか一番倫理に反してるから。
女 うそうそ。冗談です。
男 え、じゃあ何。マジで何しに来たの?
女 私、日山商事の社員になったんです。
男 ・・・は?
女 総務課です。中途採用で。
男 え、だる。え、マジでどういうこと? バイトを飛んだ白石さんが?
女 こんなことってあるんですね。
男 え、いやいや、バイト飛んだんでしょ? バイト飛んだ人がそのバイト先の上の階で社員やってる? 日山商事で? 聞きたくねぇわ、そんな現実。 ・・・飛び降りよっかな。
女 飛んでも良いこと無いですよ。
男 お前が言うな! わざわざ言いに来る神経キショすぎだろ! バイトのときぜんぜん報連相なってなかったくせに!シフトの提出、いつも締め切り過ぎてから出してたの覚えてるからな!日山商事の社員になって報連 相覚えましたってか! よく採用されたな! そんな報告いらねぇよ!
女 私が羨ましいですか?
男 心の底から羨ましいわ! いつも17時45分に帰ってんだろ? 土日祝休み。年間休日120日。こちとら採用ページブックマークしてんだよ! むさぼりつくように見てるわ! 定期的に! 採用部長の鈴木さんがコンビニに来たら、割り箸二膳渡すようにしてんだよ!
女 そうですか。そんなにですか。
男 ああ、そうだよ!
女 どうしてそんなに、ですか?
男 タバコ!
女 タバコ?
男 俺、タバコ吸うためにわざわざ非常階段で屋上まで来てんの!エレベーター使いたくても日山の社員証無いと入れないシステムだし、地上で吸おうと 思っても近くに喫煙所無いし、わざわざタバコのために34階の屋上まで階段で来てんだよ。
女 店長、休憩帰ってくるのいつも5分遅かったですもんね。
男 階段だよ階段! 上り下りキツいの!エレベーター使えたら楽だし、余裕であと2本休憩中に吸えるのに!
女 …なるほど。
男 屋上で吸うタバコ、気持ちいんだよ。
男、タバコを一吸い。煙を吐き出す。
男 んで、仕事どーなの。
女 ぼちぼちですよ。
男 …そう。まあ、元気そうでよかったけど。
女 …。
男 正直、俺、白石さんのこと心配だわ。極上豚まんと絶品肉まんいつも間違えて出してたし。クライナー、毎回レジ袋に入れ忘れてたし。俺が代 わりに入れ忘れたクライナー一個、チャリに乗せて客のとこまで届けに行ったときは人類の中で一番無駄な時間を過ごしている自信しかなかったわ。
女 懐かしいですね。
男 懐かしいですねじゃないわ! だいぶ心配! 結構心配!白石さんがパソコンカタカタさせてるの想像つかないわ。
女 当たり前のことができなくてごめんなさい。
男 いや別に今更謝ってほしいわけじゃないけど。 俺もミスるし。
女 そうですか。
男 あのさ、なんであの日飛んだの?
女 …。
男 あの時から就職決まってたの? 何か別に事情があったの? 突然すぎてビックリしたの覚えてんだよね。飛ぶのは人としてよくないことだけど、何かコンビニで嫌なこととかあったのなら聞きたいなと思って。
女 さんざん、いま話したじゃないですか。
男 え?
女 コンビニは好きでしたよ。何も嫌なことはありませんでした。
男 なら、良かった。
女 さっき、「コンビニに戻りたい」という言葉、あれはあながち嘘ではありませんから。
男 いや絶対今の会社で働いてる方がいいでしょ! ぼちぼちやってんのなら。
女 「ぼちぼち」ってどういう感情なんですかね。
男 …さあ。
女 …。
男 …大変なこともあるけど、元気でやってますってことじゃないの。
女 そろそろ時間ですね。(夜空を見上げる)
男 え…? ああ、施錠の時間か。
男、非常扉の方に向かう。
女、その隙に柵に足をかける。
男、瞬時に気づき女の方に走って引き返す。
男 おい! 何してんだ!
女 飛びます。
男 見ればわかるわ! え! なんで!?
女 夕方にはなりきれないから。
男 え、宮沢賢治? だから何そのスタンスやめて!?
女 どこ行っても無理ですよ、私なんか。当たり前のこと、できないから。
男 だからって飛ぶ必要は無いんじゃない!? 現実から飛ぶのは絶対無し!
女 もう、ほっといてください。
男 ほっとけるかよ、この状況! たとえバイトを飛んだ人間だとしても、俺は助けるぞ!? クライナー一個をわざわざチャリで届けた男だぞ!?飛ぶなよ! 飛ぶなよ! 絶対飛ぶなよ!? あ、これフリじゃないからね!?
女、柵の手すりから手を離そうとする。
男 まってまってまってまって!
女 …。
女、振り返り男の顔をじっと見ている。
男 白石さん好きな俳優だれ!?
女 北村匠海です。
男 お! 北村匠海かっこいいよな!東京リベンジャーズ面白かったよな!?(すしざんまいのポーズをして)ほら! 俺を北村匠海だと思って!
女 …。
男 な? な?
女 …。
男 き! た! む! ら! た! く…!
女 (柵から降りて)やっぱり止めます。
男 え? 飛ばないの?
女 飛ばない理由を見つけました。
男 どういうこと?
女、社員証を取り出す。
男 社員証?
女 店長、これでいつでも屋上で吸えます、タバコ。
男 え、どういうこと、貸してくれるの?
女 たまになら。
男 え!?
女 それに、飛んでしまったお詫びです。
男 え、マジでいいの!? よっしゃー! 二本いけるじゃん!
女 屋上行きたいとき、LINEしてください。
男 お、わかった! LINE…あ、交換してたか。ちょっと確認していい?
女 はい。
男と女、スマホを取り出しLINEを開く。
男 えーっと…(女に画面を見せ)あ、白石さんってこれ?
女 それです。
男 スタンプ送るね。
女 はい。
男 きた?
女 きてないです。
男 あれ。
女 あ、ブロックしてました。
男 …え?
終わり
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