S・Story① 紫陽花
今年もまた梅雨の季節がやってきた。
私の家のお庭には綺麗な紫陽花が咲いている。
梅雨の季節になるとたくさんの紫陽花が庭に咲くようになる。
とても綺麗なんだ。
梅雨の季節は雨ばかりでジメジメして嫌だけど、この紫陽花が庭で見れるのはこの時期なので、嫌いにはなりきれないんだ。
1階のリビングで椅子に座りながら今日も家が静かだなと思った。
理由は仲が悪くていつも喧嘩しているお父さんとお母さんが、喧嘩していないから。
今日に限って喧嘩していないわけではない。実はお母さんが前から家を出て行ってしまったからだ。
お父さんの話によるといつの間にか出て行ってしまったのだという。
私は心配で電話をしたが繋がる事はなく、近所の周辺を探したりしたが見つからない。
お父さんには警察に捜索願を出そうと言ってみたものの、「そんな必要はない。すぐに帰ってくるさ。」と取り合ってもらえなかった。
心配をしつつも私は学校に通いながらなんとか普段通りの生活を続けていた。
そして今に至るのだ。
今日は土曜日。学校も休みだがお母さんのこともあり憂鬱な気分だ。まるで梅雨の時期特有のジメジメ感が私の身体にまとわりついたように重苦しい。
「お母さん、どこに行っちゃったんだろう・・・・」
私は少しでも気分を楽にしたいと思い庭の紫陽花を見た。
庭は母がもともとガーデニングが趣味だったこともあり、綺麗にされている。季節によって綺麗な花を咲かせるのだ。
母を思いながら庭一面に咲いてくれた紫陽花を見ていたのだが、ふと庭の隅を見た時、妙なことに気づいた。
それは庭の隅に赤い色をした紫陽花が咲いていたのだ。
他の紫陽花は全て紫色をしているのになぜか一部だけ赤色になっているのだ。
「あれは一体・・・・❔いや・・・まさか・・・」
私はその時、自分でも恐ろしくなる嫌な考えが頭を過ってしまった。
その考えとはこうだ。
あの赤色は、血を吸っているのではないだろうか?と。
私は父の様子がずっとおかしいと思っていた。
確かにお母さんと喧嘩していたとはいえ、こんなに長い間家を出て行ったきりになるなど今まで一度もなかった。
少なくとも私の電話には出てくれるだろうし、出れなくとも折り返しはくれるはずだ。
母は私のことは常に心配してくれたし、母と私の仲はとても良かったからだ。
父はそんな母を心配どころか警察に捜索願を出すこともしなければ、探す様子もなくむしろ穏やかになったくらいだ。怖いくらいに・・・
だから私は父が母を殺して庭に埋めたのではないか。そして母の血を吸った紫陽花が赤色になったのではないかと考えたのだ。
「!!!」
私はいてもたっててもいられず、気づいたら庭に向かって走り出していた。
そして、庭につくと赤い紫陽花の近くを掘ってみたのだ。
怖かったが、タイムリミットはお父さんが仕事から帰ってくるまでだ。
時間はあまりない。
心臓の音が自分でも聞こえかのようにドキドキしながら、掘り進めた。
しかし、お母さんの死体が見つかることはなかった。
「良かった・・・」
私は安堵感から一気に力が抜けて、座り込んでしまった。
落ち着いて考えてみたらお母さんが毎年庭の手入れをしていた中で、紫陽花は毎年赤色だったのを思い出した。
我ながらマヌケだなと思ったが、同時に背筋が凍りついた。
毎年、庭の紫陽花は赤色だった。
なのに・・・・
なぜ、今年の庭の紫陽花は紫色なの・・・・?
事実に気づいた私の足は鉛のように重くなり、その場から動けなくなっていた。
「あは、あははは。あはははははははははははははは」。
私は笑った。狂ったように笑った。何がおかしいのかわからない。
おかしくって仕方がないのに、目からは涙が出てきた。
気づいたら雨も降ってきたようで私の身体にまとわりついて濡らしていく。
目元は雨で濡れたのか、涙で濡れていたのかよくわかっていない。
私はまるで壊れたロボットのように、啜り泣くように笑い続けていた・・・
それから数日後
程なくして父が逮捕された。
結果から言うと庭から母の遺体が見つかったのだ。
母がいなくなった初日、口論の末に母を殺してしまった父が遺体の処理に困り、バラバラにして庭に埋めたのだ。
その血を吸った紫陽花が、紫に変わっていたと言うことだ。
父は警察に自首したという。
父が仕事から帰ってきた日、庭から微かな笑い声が聞こえたようで見てみると啜り泣くように笑っていた私を発見した。
掘り返された赤い紫陽花と、そのそばで座り込む私と、庭の紫の紫陽花を見てもう無理だと悟ったらしい。
その後私は親戚に引き取られることが決まった。
その前に私は、母のお墓参りに向かった。
お母さんは紫陽花を通して私に教えてくれた。
自分はここにいると。
父に告発をした。
罪からは逃れられないと。
私は母のお墓に赤い紫陽花を供えて、手を合わせた。
「お母さん、見つけるのが遅くなってごめんね。」
私はこれからどうすればいいのか、正直わからない。
でも母を見つけてあげることができて良かった。これだけは思う。
辛くても、少しでも前に進まなきゃ。
生きるってそう言うことでしょう?
不思議とあの日壊れたように泣いてからは、涙が出てきこない。
感情が壊れた?わからなけど今は少しでも前を向かなきゃという気持ちになれている。
お母さんが守ってくれたのかな、私が本当に壊れないように。
真実はわからないが、そう信じて今は生きてみよう。
「お母さん、私行くね、見守っていてね」
そうして私は背を向けて歩き出した。
不意に風が吹いて、ふと母のお墓に目をやると、
母の墓に供えられた赤い紫陽花が紫に変わっていた。