「赤と死神のクロ」 第2話
〇死神界(昼)
体育座りで、三途の川をただ虚な目で眺めるクロ。
背後からクロに語り掛けるワイト。
ワイト「なぁ、そこで蹲ってからもう3日だぞ? クロはあの人の魂を三途の川に流して、ちゃんと成仏させたんだ。これ以上気に病む必要なんてない。だから、元気出してくれよ」
クロ「ワイトには、分からないよ。僕の気持ちは・・・」
ワイト、優しく微笑み言う、
ワイト「・・・いや、分かってるさ。怖いんだろ、人を殺すことが。未練と戦って、痛い思いをするのが」
クロ、目が見開き、手が震える。
クロ「分かってて、気にする必要ないって言ってるの?」
ワイト「うん、どんなに怖くても、クロはきっと、死神の仕事に意味を見出して立ち直れる。それを望んでるからね。早いか遅いかの違いさ」
クロ、唇を噛み締める。
クロ「やっぱり・・・分かってないよ」
クロがそう呟いた直後、三途の枝が伸びる。
クロとワイト、枝の方に目を向けるも、クロはすぐに枝から目を逸らす。
ワイト「そんじゃ、俺行ってくるから」
ワイトは三途の枝の方を向き飛び立とうとする。
黒い羽を広げて浮き上がった後、もう一度クロの方を振り返って言う。
ワイト「クロ・・・俺、待ってるよ。お前が立ち直るまで」
ワイトは優しく微笑むと、そのまま三途の枝が伸びていった方向へと飛んで行く。
クロ、ワイトの後ろ姿を見て呟く。
クロ「無駄だよ・・・待ってたって、無理なものは無理なんだ」
クロ、1話目のことを思い出す。
◯回想。1話の駅のホーム。
未練に腕を切られ、殴り飛ばされて痛みに悶えるクロ。
クロ「もう、殺すのは嫌だ・・・」
死ぬ寸前、ほんの一瞬見せた詐欺師の辛そうな表情を思い出すクロ。
クロ「もう、悲しいのは嫌だ・・・」
未練に腕を切られ、殴り飛ばされて痛みに悶えるクロ。
クロ「痛いのは、嫌だ・・・」
ワイトの言葉を思い出すクロ。
ワイト「クロ、これは必要なことなんだ。人にとっても、死神にとっても」
◯回想終わり。
クロ、ふと前回の詐欺師が愛した、純粋な女のことを思い出し、罪悪感に苛まれて頭を抱える。
クロⅯ「そんなわけない・・・殺すなんて、辛いだけだ!!」
〇喫茶店(昼)
詐欺師の男の走馬灯に出てきた、純粋そうな女(以降、純女24)と、純女の友人(以降女友 24)が喫茶店で話す。
女友、かなりオシャレでギャルっぽく、金髪。アパレル系の職についている。
女友、ニヤリと笑って純女を見つめる。
女友「ねえあんたさあ、あのエリート彼氏と最近どうなの?」
所々に身に着けている、人差し指に嵌めた高そうな指輪をいじりながら、けだるそうにしゃべる純女。
純女「死んだんだって、電車に轢かれて」
突然の報告に驚き、思わず大声を出す女友。
女友「え? 嘘、死んだ!? な、なんで・・・」
大声で周りが二人の方を振り向き、恥ずかしそうに席に座る女友と、全く動じていない純女。
純女「うん、詐欺に引っ掛けた女に駅のホームから突き落とされたって」
女友「詐欺に引っ掛けたって・・・じゃああのエリート彼氏って」
純女「うん、結婚詐欺の常習」
女友「そっか、それは・・・残念だったね」
純女「え? 何が? あたしは別に何も思ってないけど」
純女の冷たい対応に、少し引く女友。
女友「それ、本気で言ってるの?」
純女「だって、あたしにはもう何も関係ないじゃん。そもそもあっちはあたしの事詐欺ろうとしてたんだし。関係切れて正直ラッキー」
女友、純女の身につける煌びやかなアクセサリーをチラリと見て言う。
女友「・・・でも、そのバッグとかアクセサリーとか色々、あの彼氏に買ってもらったんでしょ?詐欺師にしては羽振り良すぎじゃない? もしかしたら、本気だったんじゃないの? あんたには」
純女、すこしだけ眉間にしわをよせる。
純女「そうなのかな・・・あたしは正直本気だったとしてもどっちでも良いかな、あたしもあいつと似たような理由で近づいたし」
女友、失望の表情。
女友「まだやってたんだ・・・そう言うの」
女友の失望の表情を見ておきながら、目を逸らして話す純女。
純女「うん、だって遊んでお金もらえるとか最高だし」
女友は真剣な眼差しで純女を見つめるが、純女は目を合わせずジュースを飲み続けている。
勇気を出し、友達として最後の助け舟を出そうとする女友。拳を握りしめる。
女友「可哀想だよ、あんたの彼氏・・・ねぇ、もうやめて、仕事探そ? 私手伝うから」
飲んでいたジュースをドン、と威嚇するように置き、女友を睨む純女。
純女「ねえ、なんであたしが悪いみたいな話になってるの? あいつが死んだって話でしょ? あたしが男と遊んでお金もらってる話とは関係なくない? それにさあ、あいつが死んだのって完全に」
信じられないという顔で、二人の会話を側で聞いているクロ。
クロの姿は、二人に見えていない。
純女「自業自得じゃん?」
クロは歯を食いしばり、鋭いまなざしで純女を睨みつけ、震えた両手で勢いよく鎌を振り上げる。
クロM「こんな・・・こんな奴・・・」
クロ、自分を奮い立たせるように、叫ぶ。
クロ「殺してやる!!」
クロ、鎌を振り上げたまま、その場で固まってしまう。
クロ「・・・」
クロの震える手から力が抜け、鎌が地面にポトリと落ちる。
クロ、無力感に苛まれながら落とした鎌を拾い上げ、呟く。
クロ「なんで僕は、ここにいるんだ・・・」
虚しげに喫茶店から立ち去り、空へ飛び立つクロ。
それと入れ替わりで、喫茶店に白髪で身体中に傷を負った謎の死神(シロ 男 19くらい)が突然現れる。ローブもボロボロ。
シロ、純女の胸に鎌を突き刺す。
純女「まぁでも、お墓詣りくらいはっ・・・」
純女、頭から机に倒れこむ。
動揺する友女。
女友「・・・ねえちょっと、どうしたの!?」
純女の死体を蔑んだ眼で見下ろすシロ。
シロの背後に、喫茶店の天井に届く程の巨大な未練が生まれる。
未練、シロの持つ鎌を目掛けて手を伸ばす。
次の瞬間、どこからともなく1本の別の鎌が飛んできて、未練の胸を突き刺す。
未練の体は崩壊していく。
シロ、冷たく純女の死体を睨みつけて舌打ちをする。
シロ「ちっゴミだな」
シロ、クロが飛び立って行った方を見つめて呟く。
シロ「・・・ヘタレが」
◯死神界(夕方)
再び三途の川の前に戻り、体育座りをしているクロ。
三途の枝は地上に伸びたまま。
クロⅯ「人を殺せない死神に、存在価値なんてないよな・・・」
純女を殺すことができなかった右腕を、クロは悔しそうに睨みつける。
直後、三途の枝が新しく、人間界に伸びる。
クロ、怖がって顔を伏せて言う。
クロ「嫌だ・・・嫌だ!!」
◯学校の通学路(夕方 晴)
誰もいない道を疲れ果てたようにトボトボと下校するあかね。
あかね「・・・」
あかね、虚な目をしている。晴れなのにびしょ濡れ。
濡れたあかねの鞄から、着信音が鳴る。
着信音にビクッとし、恐る恐るスマホを取り出すあかね。取り出した携帯の画面を見て、少しほっとした様子で電話に出る。
あかね「もしもし、何? お母さん」
スマホからはあかねの母親の声が聞こえる。
あかね母「あかね? 良かった電話に出て。ごめんね、友達と遊んでる所悪いんだけど、今すぐ中央病院に来れる?」
何かを察し、持っている鞄を落とすあかね。
あかね「中央病院って、おじいちゃんに何かあったの?」
あかね母「前から病状が悪化してて、今日が・・・山場だって」
大変動揺しているようで、虚ろな目にうっすらと涙を浮かべている。
あかね「なんで、言ってくれなかったの?」
あかね母「ごめんね、あなたに心配かけたくないからって、おじいちゃんに言われて」
落としたバッグを拾い、ぼそっと呟くあかね。
あかね「心配かけたくないなら・・・言ってよ」
あかね「分かった、今行く」
あかね、夕陽に向かって走り出す。
〇死神界
三途の川からは、二つの三途の枝が伸びている。
クロⅯ「僕には・・・無理だ。見捨てよう、それしかない。だって、人を殺せない死神の僕なんかには、関係のないことだから」
三途の川の前で蹲るクロの一コマ。
結局見捨てられない自分に落胆し、拳から力が抜ける。
クロ「見捨てろ、見捨てろよ」
クロ「なんで僕はもっと、自分勝手になれないんだ」
クロN「後から思えば僕は、最初から分かっていたんだと思う。どうするべきなのかを」
クロ「一回だけ立ち上がってみよう・・・」
クロM「別に、怖くなったらまた、すぐ座れば良いんだ」
クロ、ゆっくり立ち上がると、背後に日差しを感じて後ろを振り向く。
先程まで曇に覆われていた死神界が晴れており、その美しい景色に言葉を失う。
クロ「・・・」
上にはどこまでも広がる美しい青空と白い雲。下にはどこまでも広がる人間の街。太陽の光が、クロを暖かく照らす。透明感溢れる空間。
クロ、気づくと一歩が出ていることに驚く。悔しそうだが誇らしげ。
クロ「・・・くそ」
クロ、徐々に足を踏み出し、少しずつスピードを上げて走り出す。
クロ「くそ、くそ!!」
クロ、背中の黒い羽を大きく広げ、死神界の透明な床をすり抜けて、人間界に飛び立つ。
その様子を、三途の川の後ろから見守るワイト。
ワイトが鎌で三途の川に触れると、一本の三途の枝が光と共に消える。
ワイト、とても優しい表情で、飛んでいったクロの方を見て呟く。
ワイト「やっぱり」
クロ、迷いが吹っ切れたような、自信はないが爽やかの表情が映る。
ワイト「待っててよかった」