「健全で不健全なデスゲーム」 第3話
「任せて」
そう言うと浩二の体は、目の前から忽然と姿を消した。
「どうやら、選ばれたみたいだな」
上からの声に参加者達が振り向くと、そこには先ほど死んだ女子高生ギャル同様、巨大になった浩二が盤上を見下ろしていた。
浩二は辺りを確認する。盤の上部にデジタルで記された現在の点数。腹部付近に存在するレバーを動かすと、盤上のフリッパーがパカパカと動く。
「ひゃっ」
フリッパーを動かす音に、参加者達はギョッとした。彼らは浩二よりも小さい為、フリッパーの動く音がかなり大きく聞こえる。
管理者は只一心に、血走った目で、浩二見つめ只願っていた。
「(鉄球落とすなよ、絶対落とすなよマジで、フリじゃねぇかんなマジで、落としたら絶対ぶっ殺してやる、っていうかこのステージ終わったら速攻ぶっ殺してやる!!)」
皆が冷や汗を垂らす中、一人の背の高い金髪の男が浩二に向かって叫んだ。
「なぁ君!! ピンボールを上手くはじいて人に当たらないようにしたりってのは出来ないのか?」
浩二は辺りを確認するふりだけして答える。
「始まってみないと分からないが、死力を尽くすよ。犠牲を出さないためにも」
凛々しく答える浩二の姿を見て、参加者達の目に、希望の光が灯る。
「ごめんな!! 俺達のために嫌な役をやらせちまって!!」
浩二は、完璧な作り笑顔で返す。
「いや、皆の役に立てるんだ、当然だよこれくらい!」
その笑顔を見た管理者は、猫を被った浩二への嫌悪感と卑しさに、非常に大きく顔を歪めた。
「(きっっっしょ!! いい加減にしろ!! 絶対現実で関わりたくないわああいう奴!!)」
と、管理者が心の中で叫ぶ中、機械的な音声によるカウントダウンが始まる。
「ピンボール、プレイ開始まで、5,4,3,2,1……」
デスゲームの参加者達は、緊張に息を飲む。
「GO!!」
合図と共に浩二がボタンを押すと、再び盤上の右上から鉄球が現れる。
「きゃー!!」
鉄球は前回と同じようなルートを辿ったおかげで、デスゲーム参加者全員が躱すことが出来た。だが、そのままフリッパーに向かって一直線に転がり墜ちていく。
「左側に向かって鉄球をはじく!! 皆右側に避けろ!!」
「え、それありなの?……」
管理者は、キョトンとしながら呟いた。
浩二は鉄球がフリッパーに当たるタイミングを見計らって、ピンボール台側面についたレバーを引く。
バコン!! ガン!! ガン!!
鉄球のはじかれるスピードは、浩二には普通に見えたが、参加者達の見え方は浩二と異なっていた。
「………」
一瞬、参加者達は何が起きたのか理解出来なかった。あの巨大な図体を持った鉄球を、あまりの早さに目で追うことが出来なかった。参加者達は鉄球のぶつかった轟音を頼りに、台の左上部を振り返る。すると、壁に激突して勢いを殺された鉄球が、参加者達の方へ転がり落ちて来た。
「皆逃げろー!!」
皆が散り散り逃げ惑い、その中、逃げ遅れた5人の参加者が犠牲になった。浩二は盤の上部にある点数をチラリと確認する。
≪―2P≫
そして、バレない様にほくそ笑む。その姿を見て、管理者だけが浩二の意図を理解し、青ざめた。
「(あ、あいつ……まさか左に鉄球を打つって言って皆を右に誘導させた上で、わざと左の角を狙って皆のいる右側に鉄球が跳ね返るように仕向けたの!?)」
浩二は、人を殺してしまったかのような(殺してる)絶望の表情で、涙を流しながら皆に叫んだ。
「す、すまない!! 皆すまない!! 次は右に打つから、左に逃げてくれ!! 頼む、これ以上殺したくないんだっ!」
浩二の名演技に、管理者はドン引きする。
「(うわーないわー、あいつマジでないわー、人でなしだわー、デスゲーム開催してる私の次に)」
必死の浩二の叫びに、参加者達は口々に叫んだ。
「気にしないで!! そっちに集中して!!」
「お前は俺達に打つ場所を教えてくれてる!! それで助からなかった連中は、もうしょうが無い!!」
「あんたが負った心の傷は、このゲームが終わった後にたっぷりそこの管理者に味合わせてやりゃあ良い!! 今はピンボールの事に集中してくれ!!」
そして、その名演技に騙されるデスゲーム参加者達を見て、管理者は周りと目を合わせないように、浩二が言った鉄球が来ない左方面へ、気まずそうに走る。
「……分かった、ありがとう!!」
浩二は、覚悟を決めたような表情でそう言うと、鉄球がフリッパーに当たるタイミングを見計らい、再び勢いよくレバーを引いた。
バコン!! ガン!!
その後も、浩二はデスゲーム参加者に鉄球の軌道を伝えながら、幾度となくレバーを引いた。レバーを引いた事で跳ね返った鉄球で死んだ参加者、彼らの連携によって誰一人いなかったが、跳ね返った鉄球の軌道による被害は多かった。
「ごめん、ごめん!!」
浩二は被害が出る度に、謝り続けた。そしてその度に、参加者は浩二を励まし続けた。辛い役目を押しつけてしまった負い目を感じて。
そしてその度に、管理者の浩二を見る目は血走っていった。浩二は上手く鉄球の跳ね返る軌道上に人を追い詰めていき、一人づつ。ポイントを稼いでいたからだった。
≪30P≫
「(あいつ、これまでコツコツと……他の参加者が自分を責めることが出来ない空気を作ってたっていうの? いざという時、自分の思い通りに事を運ぶ為に)」
浩二の残酷さと姑息さに、管理者の怒りは募っていく。どうしてこんな奴が、皆の信頼を得られるのか。どうしてこんな奴が、笑顔でいるのか。
管理者は、不気味な笑みを浮かべる浩二に向かって叫んだ。
「あんた、本当最っ低!!」
「……」
管理者の声を聞いた浩二は、何も反応を示さなかった。
そしてまた一人、鉄球に潰された人間の悲鳴が響き渡る。
「きゃーーー!!」
≪33P≫
そして、管理者は気づいた。その悲鳴を聞いて、不快な気持ちになっている自分に。
「違う……」
デスゲーム。人々が恐怖の中、自分の醜い本性をさらけ出し、それでも尚生きようとする。ある意味、健全な人の姿……そう、そこには、本当の人間がいる。
社会というルールから切り離された閉鎖空間は、ある意味生かすも殺すも何でもありな、自由な世界。そんな世界で、参加者達は社会では隠していた自分本来の姿をさらけ出し、生き残ろうとする彼。そんな、本当の人間ドラマに、心が動かされた。それが醜い者であっても、醜い者は醜いものなりにあがき、そして醜くあがいた結果、それに見合った死が訪れる。
そんな人の死に様をみて、自分は彼らとは違うと安堵し、清く生きようとする人々を見て、自分も絶望の中で正しくいようと思えた。
本当は、そんなドラマが見たかった。
「これは……違うっ!」
人々が自分たちの生を他人に託し、そして託された男は自分の思う通りに全てを操っている。まるで、現実の世界みたい。確かに、醜い本性が出さなくて良い分、人の心は健全なのかも知れない。
でも、今このデスゲームは、ドラマもなければ自由もないし、本性をさらけ出す場所もない。
ここには、本当の人間がいない。
そんなデスゲームは、健全じゃない!!
管理者は、決意する。
「(あのサイコパスを、このデスゲームから排除して、この不健全なデスゲームを、健全n……)」
グシャ。
管理者は、鉄球に潰された。
「……」
浩二が清々しい表情を浮かべ、点数を確認する。
≪36≫
そして浩二は、グチャグチャになった管理者の死体を見て、サイコ笑みを浮かべた。
「えっへへ、気―づいちゃったー」
管理者が直ぐさま生き返り、浩二の方を睨み付けて叫ぶ。
「あんた、絶っtt………」
グシャ。
「殺しty……」
グシャ。
「ちょ、いい加……」
グシャ。
「げんに……し……ちょっ」
グシャ。
「やめ」
グシャ。グシャ。グシャ。グシャ。グシャ。グシャ。グシャ。グシャ。
「……」
≪100P!! やったね、ゲームクリア!!≫
第2ゲームのクリアを伝える、管理者の声をした陽気なアナウンスが流れた。
それと同時に鉄球も消え去り、参加者達は歓喜の声を上げた。
「や……やったー!!」
「俺達生き残ったんだー!!」
次の瞬間、浩二は参加者達と同じピンボールの盤上に、元のサイズに戻って表れると、参加者達は浩二の元へ走り出した。
倒れた管理者を踏みつけて………。
「ありがとう!! 貴方のおかげよ!!」
「ごふ」
「あんたには頭が上がらねぇぜ!!」
「ぐへ」
「命の恩人だ!! ありがとう!!」
「ぐはっ」
「びゃーー!! びゃぼぼぼぼ、ぼびゃーーーー!!」
「ぼびゃっ」
管理者はおもむろに立ち上がり、賛美の声を浴びせられている浩二を見て、決意する。
浩二は、力無く立ち上がる情けない管理者を見て、思う。
「(このくそサイコパスを殺して、絶対に健全なデスゲームを取り戻してやる!!)」
「(このアホを利用すればきっと、もっと楽しいデスゲームになる!!)」
健全なデスゲームを望む管理者と、不健全にデスゲームをクリアしようとする葛西浩二の戦いは、これからも続く。
第3ステージへの扉が、開かれる。