「赤と死神のクロ」 第3話
〇中央病院(夕方)
あかねの母(48)が病室のドアをそっと開けると、あかね祖父が意識を取り戻してこちらを見ている。
あかね祖父のベットに駆け寄るあかね母。
あかね母「お父さん!!」
あかね祖父「あかねは、来るって?」
あかね母「うん、今来るって、もう少し待ってて」
あかね祖父嬉しそうに笑う。
あかね祖父「そうかぁ」
あかね祖父。かなりやせ細っており、腕に点滴が打たれている。
次の瞬間、病室の窓から入って来た三途の枝が、あかね祖父の胸に刺さる。
あかね祖父「うっぐぐ」
苦しそうに胸を抑えるあかね祖父。
取り乱すあかね母。
あかね母「お父さん?・・・大丈夫!?」
急いで緊急呼び出しボタンを押すあかね母。
あかね母Ⅿ「お願い、早く来て!!」
そこに、クロが窓をすり抜けて病室に入って来る。
クロ「今、楽にします!」
クロ、あかね祖父の胸に鎌を突き刺す。
あかね祖父の胸から眩い光が放たれ、黒を包み込む。
◯あかね祖父の走馬灯空間
真っ白い部屋の中心にある座席で、クロが目を覚ます。
あかね祖父の走馬灯の映像が、映画のフィルムとなってクロの周りをグルグルと回り出す。
頭の中に、あかねの祖父の声(走馬灯)が響き渡ると同時に、クロの目のアップ。
あかね祖父M「俺の人生は、いたって普通だった」
◯あかね祖父実家の台所(夜) 70年前
あかね祖父の母親、父親、2人の兄に1人の姉。子供時代のあかね祖父と1人の妹、計七人が台所の小さめの机に、ぎゅうぎゅうになって座っている。
子供のあかね祖父が、5歳くらいの小さく痩せ細った妹に米を分けている。
あかね祖父M「子供の頃の記憶は少ない。ひもじい生活ではあったが、家族と一緒にいる時間が幸せだったことは覚えている」
◯同 2年後
あかね祖父の妹が亡くなり、その墓を一人呆然と眺めるあかね祖父。
あかね祖父M「それでも、悲しいことは沢山あった。病に侵されて死んだ妹。金がなくて餓死した友人。戦後の貧しく、不衛生な状況では仕方なかったとは言え、当時は世界を、理不尽を、憎んだものだ」
◯近所のうどん屋
テレビの周りには沢山の人がいる。その中にあかね祖父もおり、テレビの向こうの世界に魅せられ、キラリと瞳が光る。
あかね祖父M「14歳の時。俺は出会った。小さな箱の中に映る、夢のように煌びやかな別世界と」
テレビには、高度成長期の東京の町並みが映っている。様々な高層ビルや、キラキラとした町並みの中を、古い車が走っている様子が映っている。
あかね祖父M「俺は、その別世界で生きたいと、強く思うようになった。そして、16の時に上京した」
◯テレビの向こうに映っていた東京の街
実際の東京の街に上京したあかね祖父、排気ガスで、灰色によどんだ空を見上げ、テレビと違った景色に落胆の表情を浮かべる。
あかね祖父M「しかし、その街は俺が思い描いていたような所ではなかった」
◯あかね祖父の通っていた会社
会社でスーツを着たあかね祖父が、ネクタイを緩め、タバコを吸っている上司に頭をひっぱたかれ、怒鳴られる。
その姿を一人の女性が心配そうに向かいの机から眺めている
あかね祖父「それでも上司に毎日怒鳴られながらも、車が欲しいとかそんな理由で、朝から夜遅くまで必死になって働いていた」
◯どこかの道路
あかね祖父を見ていた会社の女性(以降あかねの祖母)と、あかねの祖父が車に乗ってドライブデートに行っている。
幸せそうに話す二人。
あかね祖父M「そしてある日、俺は会社にいた年の近い女性と恋に落ち、結婚した」
◯あかね祖父の家、リビング
赤ちゃんの時のあかねの母親を、大事そうに抱きかかえるあかね祖父。若いあかねの祖母と見つめ合った後、二人の優しい視線は赤ちゃんであるあかねの母親へと注がれる。
あかね祖父「初めて、子供を授かった。この子は、俺の人生を煌びやかに彩ってくれた。なんて事のない、幸せ色に」
◯あかね祖父の家、玄関
ランドセルを背負った子供のあかねの母親を、玄関から見守る若いあかね祖父と祖母。
同 6年後
中学の制服を着て、素っ気なく家から出て行くあかねの母親。それを見つめるあかね祖父と祖母。二人とも少し顔にしわが出始めている。
◯同 三年後
少し明るめのブレザーを着て、化粧をしたあかねの母親が、またそっけなく玄関から出て行く。それを見つめるあかねの祖父と祖母。しわもかなり増え、黒髪が白髪と混じって灰色気味。
◯同 三年後
大学生になり、私服を着た大人な雰囲気を醸し出すあかねの母親が、見送るあかね祖父と祖母に向かって笑顔で手を振る。その姿を、寂しそうに見つめるあかね祖父と、懐かしそうに見つめるあかね祖母。
あかね祖父M「家族で過ごす時間は、幸せそのものだった。娘の成長をしっかりと噛み締めて味わっていたはずなのに・・・気づけば娘は大人になっていた」
◯あかね母の結婚式場
あかねの父親と二人で嬉しそうに並んでいる姿を見て、涙を浮かべるあかね祖父。
あかね祖父「娘が結婚した……嬉しかった。そりゃあ、嬉しかったさ。だが、娘は俺達の娘ではなく、彼の妻になってしまったのだと思うと、どうしても寂しかった」
◯あかね祖父の家のリビング
二人だけになり、しんみりとした家。そこに玄関のインターホンが鳴り響く。
あかね祖父M「だが、娘は俺達に、新たな出会いをくれた」
◯同 玄関
娘を見送っていた扉から、幼い頃のあかねとあかね母が入ってくる。
あかね祖父M「孫が生まれた。これがまた可愛い。娘と違って穏やかな性格だが、とても良い子だ」
◯同 リビング
幼少期のあかねの頭をなでるあかね祖母と、お菓子を渡すあかね祖父。それを微笑ましそうに見つめるあかねの母親。
あかね祖父M「あかね達が帰ると寂しくなってしまうが、妻と二人でのんびり過ごす時間も悪くない」
あかね祖父と祖母、二人だけでリビングでご飯を食べながら微笑む。
あかね祖父M「だがある日妻は突然、私の前からいなくなった」
◯あかね祖母の葬式
棺の中で、安らかな顔で眠るあかね祖母。
あかね祖父「棺の中で眠る妻を見てもなお、いなくなったことが信じられない」
あかね祖父、棺の中のあかね祖母の顔を覗く。
周りにはあかね母や父。そして、中学生のあかねが涙を流している。
あかね祖父、目に浮かんだ涙をこらえると、何かに気づいたような表情になる。
あかね祖父M「だが、何故か悲しみよりも、今まで一緒に過ごしてきた感謝が沸き上がってきた」
あかね祖父、涙を堪え、笑顔で棺の中のあかね祖母を見つめる。
あかね祖父M「俺は、棺の中で眠る彼女に礼を言った・・・ありがとう」
◯中央病院 あかね祖父の病室(走馬灯)
あかね祖父M「ずっと、漠然と思っていた。こんな、特別なことをしたわけでもない、俺は・・・この世界に何を残せたのだろうかと」
あかね祖父の目がうっすらと開き、涙を必死にこらえて笑顔を作るあかね母の顔を見て思う。
あかね祖父M「いや・・・そうだよな。こんなに素晴らしい、俺達の娘がいるんだ。良いものを残せたに、決まっている」
あかね祖父、ゆっくりと病室にある家族写真(あかねや亡くなった奥さんも写っている)に目を移す。
あかね祖父M「なぁ俺、頑張ったよ。ありがとう・・・誇れる人生を、送らせてくれて」
あかね祖父、穏やかな笑顔を浮かべ、あかね母を見て呟く。
あかね祖父「ありが・・・とう・・・ね」
○中央病院(走馬灯終わり)
走馬灯が終わり、あかね祖父の走馬灯世界から意識が戻ったクロ。
あかね祖父の胸から、魂を抜き出す(顔は映っていない)
クロ「・・・あれ、なんだ」
クロの目から、涙があふれ出る。
クロ、止まらない涙に戸惑っている。
クロ「涙が・・・」
クロ、胸に温かい何かを感じて、とても寂しそうな表情をする。
クロM「何だ、この感覚。温かくて、優しくて・・・安らぐ」
あかね祖父の体から黒い蒸気が出始め、病院の天井に届く程の未練に変貌する。
クロ、未練に気づかない。
未練、甲高い声でぎこちなく呟く。
未練「あ・・・が・・・ね・・・」
未練、素早くクロの鎌をめがけ手を伸ばす。
クロ、遅れて未練の存在に気づき避けようとするが、未練の大きな腕に体を掴まれ手しまう。
強く掴まれた衝撃で、少量の黒い血を吐血する。
クロ「かはっ!」
未練、掴んだクロを握りつぶそうとしながら呟く。
未練「あ・・・が・・・ね」
息苦しそうに、必死に呼吸しようとするクロ。
徐々に意識が遠のいていく中、クロは自分の胸の内から湧き上がる何か(黒い靄)を感じる。
○クロの精神空間
三途の川の中の様な空間で、真っ暗な空間にクロが胎児のように丸まって呟く。
クロM「ずっと・・・ずっと、あの温かい安らぎを、追い求めてた気がする」
一粒の涙が、黒い水たまりに落ちた途端、クロの中の黒い靄が、急激に増大する。
クロM「欲しい・・・欲しい!! 僕も欲しい!!」
クロの心の叫びと共に、黒い靄は二つの女性の腕を形作る。
◯中央病院病室
クロ、哀愁をまといつつ殺意でも抱いたかのような鋭い眼力で未練を睨み付け、叫ぶ。
クロ「僕にも、くれよーーーーーーーー!!!!」
クロの腰辺りから、未練の大きな手を突き破って先ほどの黒い腕(未練の腕より大きい)が出現する。
黒い腕が未練の顔を握りつぶし、その衝撃で未練は床に倒れ込む。
未練、左手をあかね母と家族写真の方へ伸ばす。
肩から黒い羽、腰から巨大な黒い腕の生えたクロが、倒れ込んだ未練を見つめる。