見出し画像

りぼーん 第9話

60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。

前回まで
かすみとの出会い

目次
・かすみ その弐

かすみ その弍

2人は互いの総てを理解してるわけではない、
互いの感情について、深く話したこともない。

唯々、それぞれの感性を信じて、その視線で過ごしていた。

確かなものなど何もなく、
自分たちの気持ちに素直に従っただけである。

けして若くはない2人であるが…。

かすみ「私は人を悲しませたくないので、
居てくれるだけでいいです…。無理は言わない」

田中「いつも思うんだけど、かすみは
本当に育ちがいいよね」

かすみ「❓」

田中「金銭的な意味ではなくて、両親からきちんと躾をうけて、普通に育てられたという意味」

かすみ「それなら、そうかも。私、父親
大好きだったから…」

2人はSNSを通じて、その日の出来事や生い立ち、 好き嫌い、家族関係や昔話などを、

白紙の画用紙に、少しずつ絵を描くように、
埋めていった。

クリスマスの函館、早春の鶴の舞橋、夏の仙台・ 松島、秋の山形、冬の角館、横浜・東京…。

仕事を離れて時間を作り、短い短い逢瀬を
大事にした。

距離を越えて、時間を越えて、還暦近くなっても…。

年に2度、田中は商品サンプルを発注するため、
10日間ほどヨーロッパに滞在して、メーカー周りをしていた。

かすみは、田中が無事に帰国するまで、
気が休まなかったようだ。

田中がお土産を尋ねても、

「無事に帰ってきてくれたら、それでいい。
それより、ちゃんと食事をして下さい」

と何も望まなかった。

ただ一度だけ、
田中がポルトガルのエスピーニョ、
という大西洋に面している街に滞在している時に、

「目の前の浜辺で "かすみ”、と書いてくれる?」
と言った。

田中は早朝に、足跡で固めた”かすみ”の文字を、写真に撮ってメールした。

かすみの想いは、わかっていた…。

(話は関西へ戻る)
田中は定年退職日の6月から逆算して、
有給休暇の消化するために、5月のGW前から、
出社はしていなかった。

始めて2人は、まとまった時間を一緒にできた。

神戸ハーバーランドの観覧車、かすみは何処に行っても観覧車に乗りたがった。

理由を尋ねると、

「私、高いとこ好きだし、第一綺麗じゃない、上から見てると」、

「子供の頃、よく樹に登ったし、実家の屋根の上でよく昼寝したな~(笑)」

元町の中華街、三宮の高架下、大阪のミナミやキタ
京都東山の寺院・仏閣、祇園や先斗町など、
田中が昔に訪れたところを、なぞった。

かすみ「わたし、関西ダメだと思っていたけれど、案外好きかも。

普段は夏でも生足は駄目なの、でも此処に来たら全然気にしなくてもいいもの💕」

田中「それなら、関西に住む?」

かすみ「どこに…」

田中「明石か須磨あたり…、理由ははっきりわからない(笑)。
暖かいし雰囲気かな、昔から何となく思ってた」

田中が連れて行ったのは、

三宮高架下のカレー蕎麦、町中華の餃子、
元町中華街の豚まん、梅田のネギ焼と
立ち飲み、京都のすき焼、ラーメン屋、
先斗町のバー・・・。

どれもB級グルメであるが、かすみはよく食べて、 よく飲んだ。

修学旅行以来だと言い、とても喜んだ。

2人は彼らを知る人々の視線から解放され、
心底楽しんだ。

田中は、かすみを連れてきて良かったと思った。

次回予告:コロナ禍の人々






いいなと思ったら応援しよう!