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りぼーん 第24話

60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。

前回まで
・松ちゃん
・有志とのランチ⑤

目次
・特別養護老人ホーム
・東京オリンピック2020

・特別養護老人ホーム

2020年の9月に文雄は、特別養護老人ホームに入所した(第19話)。

コロナの感染状況は小康状態であったが、各老人ホームはコロナ弱者である老人の対応に、必死の試行錯誤を重ねていた。

極端な例では、面会・差し入れ等の一切禁止から、
通信ソフトによる定期的なコミュニケーションのみ、或いは文雄の施設の様に、制限を掛けながらの面会など、その対応は様々であった。

田中は7月下旬の日曜の公休に、白桃と塩煎餅を
手土産に、施設を訪ねた。

3月、4月、6月の休みにも、施設側の好意で何らかの理由を付けて、面会はしてきた。

が今回、田中はショックを受けてしまった。
文雄の認知が、それまでに比べて一気に下がったように感じたからである。

施設に訪問中に、田中はケアマネだけでなく職員にも普段の様子を聞いて、その理由を考えた。

前回と大きな違いは、6月に前任のケアマネが退職されたことが一番であろう。

とても愛想がよい女性で、具体的には積極的に文雄を引っ張り出していた (個室から共用スペースに出すこと)。

文雄がこの施設に早く馴染めたのも、彼女の存在が大きかったと、今でも田中は思っている。

文雄は彼女の声掛けには反応し、感情が表情に出ていた事を、田中は何度となく目にした。

後任のケアマネの庄司は男性で、田中に説明する
事柄も理路整然として、分かり易い。

しかし肝心の文雄との意思疎通は❓で、前任者の様には出来ないだろうと、即感じた。

実際、文雄とのやり取りを見ていて、伝わっていないと感じた。

ジェンダー論、などという大げさなことではない。

文雄には以前の女性のケアマネの方が、良かったという、それだけである。

そして、このことが数か月先に不幸な形で表れてしまう・・・。


東京オリンピック2020

2021年7月23日金曜日、第32回オリンピック競技大会東京2020が、開幕した。

海の日とスポーツの日が移動して、当年限りの国民の祝日となった。
土日を合わせて、世間は4連休である。

田中は実感が薄いまま、普段通りに午後1時前に家を出て、初夏の光の中を荻窪の駅に向かうと、陸橋の上に人だかりが見えた。

皆、薄曇り空を見上げている、すると空から轟音が聞こえてきた。

田中は立ち止まり、サングラスを外して空を見上げると、新宿方面から八王子に向かって
ブルーインパルス6機の編隊飛行が、
一瞬のうち星のように流れて行った。

オリンピックの内容の記憶は、残念ながら
殆どない。

乗務に関係した事と言えば、数組の外国メディア
関係者をメディアセンターやホテル、成田空港に
送ったが、ほぼ普段通りの営業であった。

そして8月8日の日曜に、オリンピックは終わった。

TVでは、沢山のニュースや番組で議論されていた。

緊急事態宣言下で行うことに、どれだけの意味があるのか、田中も最後まで理解できなかった。

同時に、その為に本来不要な労力や資金がどれだけ使われているのかと思うと、不愉快を通り越して
笑い話と思えた。

インド由来のデルタ株という新種が、急激に拡大され医療現場がひっ迫されてきていた・・・

田中は、2回目のワクチンを8月中旬に受けた。

初回の時よりも痛みを感じ、同時に発熱したが翌日には平熱に戻った。


次回予告: 文雄 逝く①






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