りぼーん 第23話
60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。
前回まで
・コロナ禍の人々⑧
目次
・松っちゃん
・有志とのランチ⑤
・松っちゃん
5月下旬の朝、田中は事務所で松本と久しぶりに会った。互いに納金の計算をしながら、松本は前日の出来事を話してくれた。
松本「夕方、渋谷のホテルに無線で呼ばれたんですよ。お送り先は分からなかったのですが、行ってみたらなんと、藤沢までだったんですよ(笑)」
田中「良かったじゃない、今は中々そんなお客様いないし(笑)」
松本「そうなんですよ、今日は久々に期待できるかなー、って」
田中「早い時間だしね(笑)…」
松本「それで問題なく無事に送って、都内に戻って来て30分くらい経った頃に、広尾で2人の男の子を連れた母親の手が、上がったんです」
田中「うん、うん」
松本「それで、どちらまでとお聞きしたんです。
そしたら何と言ったと思います❓」
田中「さぁ、何処だろ」
松本「月が観えるところまで、って言うんです」
田中「・・・❗️(笑)、そうか昨日は皆既月食と
スーパームーンが重なる…」
松本「畏まりましたとは言ったものの、何処に行ったらいいか、分かんないじゃないですか。
もう~、いっそのこと東北辺りまで行っちゃおうかなと、思いましたよ(笑)」
田中「(笑)そうだよねー、そんな注文は想定外だものね。それでどうしたの❓」
松本「東京タワーに行きましたよ、何となく小高いじゃないですか。それでお支払いを頂いて、即、
その場から逃げちゃいました」、
「月が観えないとか言われても困るし…」
田中は声を潜めて笑った。
田中「松っちゃんにしては、おとなしい地味な
送り先だね~(笑)」
松本「その後からの営業は全然ダメで、結局普段と変わりませんでしたよ。
兎の祟りか~、と思いました」
田中は今度は声を出して笑ってしまった。
・有志とのランチ⑤
6月中旬の昼、田中は有志と一緒にランチを
していた。
有志「田中さん、これ誕生日に」
と言って、INEDITのビールを差し出した。
田中「エッ❗️、ありがとう、いいんですか❓」
有志「頂いたシャツ、大事に着させてもらいます」
田中「サイズは大丈夫だった❓」
有志「ハイ、大丈夫です。ところで田中さん、
一つ聞いていいですか❓」
田中「私にわかる事なら、何でもどうぞ(笑)」
有志「結婚っていいですか❓」
田中「…もちろん良いです、お勧めします(笑)。
予定ができたの❓」
有志「いや、結論から言えばその可能性は、
今は無くなりました」
田中「いろいろ難しい事もあるけれど、それ以上に人生を送る上で、得る物があると思います」、
「貴方と同じくらいの歳の娘にも、昔言ったことがあってね、一度くらいは結婚してみなさい。
ダメであれば、戻ってくればいいからと(笑)」、
「その娘が、今ではもう立派なママさんだよ」、
「差し支えなければ、無くなった理由は?」
有志「相手が未だ結婚まで考えていなかった、
ということでしょうか…」
田中「そうですか…、その方との感情は別にして、
今はネットやその他で出会う方法がある様だね。
貴方は、若いんだから色々な人とお付き合いしても、いいんじゃないかな」
と、言いながら有志の心中を思った。
有志「…今年は未だお山に行って手を合わせていないので、来週の公休に行ってきます」
田中「戸隠❓」
有志「はい、手を合わせてこないと何となく気持ちが悪くて…」
田中「気持ちはわかるよ、気をつけてね」
7月12日、政府は4回目の緊急事態宣言を発令、
9月30日まで継続される。
田中は7月の中旬、1回目のワクチン接種を
職域で受けた。
接種後の反応は其々であったが、田中は筋肉痛を
少し感じたが、翌々日にはそれも消えた。
次回予告: 特別養護老人ホーム、東京オリンピック2020