りぼーん 第4話
60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。
前回まで
大手タクシー会社に入社した田中が、研修を経て乗務員としてデビューするまで
目次
・新しい仲間たち
・新しい環境
新しい仲間たち
松本は28歳独身、それまで勤めていた電気系の設備会社を辞めて、田中と同日に入社、ATCに入所した。
彼は千葉の市原から通っており、両親と同居している3人兄弟の長男、次弟は某大手自動車会社の技術者、末弟は高校生になったばかりである。
タクシーセンターでの試験に引っかかったが、社内の研修までには間に合い、田中と机を並べ、業務開始も同じ日に。
最近はソロキャンパーとして、休みの日には関東だけでなく各地を訪れている。
人との会話で、軽い受け応えをしているが、芯はしっかりしていると、田中は感じている。
入社が1週間早い有志とは、教習所から一緒であった。独身で32歳、某大手IT会社の関連会社に勤めていた。
少し神経質、真面目に超が3つ付く様なタイプ、
田中と同様に、二種免許とタクシーセンターの試験をストレートで合格。
田中より1週間ほど早く現場に出て、乗務を始めていた。
彼の実家も松本と同じ千葉にあるが、武蔵浦和で1人暮らしをしている。
実家に帰ることはめったにない、かつて結婚を考えた事もある女性(ひと)と暮らそうとしていたが、結局は別れた。
理工学部の出身で、趣味で比較的大きな飛行機を飛ばしたり、最近はドローンの免許を取得して、休日には地方で練習をしたり、温泉でリフレッシュ。
伊藤は44歳バツイチ、葬儀社の霊柩車の運転手を辞めて、別れた女房の父親に勧められ、この会社に入った。
何というか…、昔ながらの運転手のように、田中は感じた。
別れた女房との間の24歳、引きこもりの娘と一緒に赤羽で暮らしている。
この会社の入社を機に、大宮から引っ越してきたのだが、それが理由で娘が一層引きこもってしまう…。
伊藤は、人の顔を見て話したり、他人の会話に割り込む癖がある。
田中はそれが余り好きではないが、その人懐っこい性格は憎めない。
丸山は36歳、前の仕事はホテルの警備員、都内の蕎麦屋の長男であるが何故か家業は継いでいない。
身体は大きく、温厚そうな性格が顔に出ているなと、田中は感じている。
後々分かってきたのだが、仕事では時々物凄い営業をする反面、乗務員の平均以下もあるという落差があるようだ。
育ちのせいか彼はグルマンであり、加えて色々な事に対して、凝り性であった。
そんなこんなが、彼を一層、魅力的な人物にしていると田中は見ている。
多くの個性的で魅力的な人達が沢山働いていることを、田中は後に、実感することになる。
新しい環境
タクシー会社は基本的に、365日朝から早朝まで休みの無い、業務をしている。
公共交通機関としての機能を、求められているからである。
田中の勤める会社の勤務体系は、大きく分けて早番と遅番、夫々隔日のAとB勤務、これに新人ドライバーが主となるフリーシフトを加えた5シフトが基本。
サポート部隊の事務方職員は、交代制の宿直ありで勤務している。
主に、本社からの出向社員、もしくは定年退職したベテラン乗務員である。
乗務員は出勤すると、20時間程度は拘束される、これは会社によって多少異なるらしい。
運転時間(営業時間)+休憩+社内作業(車両点検、洗車)、の合計でいずれのシフトでも、
日付を跨ぐ仕事である。
早番は午前6時~9時に出庫し、夜半25時~28時頃(午前1時~4時)に会社戻ってくる。
遅番は午後2時~4時に出庫し、朝方33時~35時頃(午前9時~11時)に戻る。
両番の乗務員がロッカーで交錯することは殆どなく、ロッカーの隣人の顔を知らないことは、珍しいことではない。
社内には常に入社してきた人、静かに退社する人がいて、新人は制服の胸にネームプレートを付けるのが義務となっている。
田中のように60歳以上で、風貌は充分ベテランであっても😊、既存乗務員には、新人かどうか分からないからである。
田中の会社には殆どいないが、今でも乗務員自身を雲助などと言う者も未だいる。
多少教育されて薄化粧をしていても、本性はたいして変わっていない、昔ながらの運ちゃんタイプが、未だ相当数働いている業界である。
時代や社会環境、特にIT技術の進歩が大きく変化し、乗務員の年齢も若くなり、この言葉自体を知らない世代が増えてきた。
田中は昔ながらの運ちゃんタイプは、順次フェイドアウトしていくのであろうと、思う。
次回予告:20時間の旅の始まり