りぼーん 第8話
60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。
前回まで
旧友の加古の墓参りと京都時代の田中
目次
・かすみ その壱
かすみ その壱
かすみが、加古の墓に手を合わせていた田中
の肩に、手を置いた。
田中はしばらくして立ち上り、かすみをみた。
「彼には、世話になったんだ...、いろいろ…」
かすみは黙って肯き、墓前にひざまずき静かに手を合わせた。
田中は少し光が陰りを帯びてきた空の下、大阪湾が見える場所まで歩いた。
大阪湾に大小の船が行き交うのが見えた、
その先の神戸や明石が、
六甲の山並みを背景にぼんやりと見えていた。
しばらくすると、かすみが近づいてきて田中の手を握り、2人は視線を交わした。
田中「さぁー、大阪に帰ろうか、
大阪のディープサウスをご案内いたします」
かすみは、ニコッと笑いながら「はいっ❣」
田中とかすみは、2015年の1月に知り合った。
田中がヨーロッパの出張から帰国する途中、
フランクフルトの空港のラウンジで、
かすみ「あのー、すみませんが荷物見といていただけませんか?」
田中「いいですよ (直ぐに戻ると、思っていた)」
かすみ「ありがとうございます、チョット行ってきます」
30分ぐらい経ったろうか、かすみが免税店の袋を持って現れた。
かすみ「遅くなってごめんなさい、ありがとうございました」
田中「いえ、何もしていないので。
それよりも、成田に向かうのですか?」
かすみ「はい、そうです」
田中「それなら、最終案内がさっき出ましたので、そろそろゲートに向かわないと」
かすみ「え、そうなんですか、ありがとうございます。
あのー、もしかしたら私を待っていてくれたのですか?」
田中「はい、まさか荷物をほっといて、ゲートに向かえないでしょ」
かすみ「すみませんでした、ごめんなさい」
ラウンジを出た2人は、小走りにゲートに向かった。
すでに、殆ど乗客の人影は見当たらず、空港職員達が2人を見ていた。
飛行機に乗り込んだ田中は、「それじゃ、さようなら」と言いかけたが、
かすみもビジネスクラス側について来たので、振り向きながら
田中「ビジネスですか?」
かすみ「はい、3Aです」
田中「エー❗️、...私は3Bだよ」
2人は、吹き出してしまった。
そらから12時間、2人は仕事の話からプライベートまで、差し障りがない範囲で話をした。
つもりであったが、多少アルコールのせいでテンションは上がっていたかも知らない。
かすみは、田中より5歳下で、子供服のデザイナー、本社へ企画承認を得るための出張の帰りであった。
かすみは前年に、連れ合いを亡くしていた。
子供はなく、故郷で一人暮らしの母親が、最近やたらに戻ってこい、と言ってくる。
最初は、軽く受け流していたが、この先の仕事や
自分の将来を考えると、迷い始めているらしい。
定刻通りに午後2時に成田に到着し、
田中「それじゃまた、どこかで」
かすみ「お世話になりました、お陰様でいい旅になりました」
田中は、吉祥寺行きのバスの中で深い眠りに、落ちた。
(1年後の)
2016年2月、田中は1月の恒例のヨーロッパ出張の後に、弘前に出張した。
弘前は雪である、蓬莱橋を田中はホテルに向かって、歩いていた。
行き交う人は少なく、そろそろ街灯が灯る時間である。
百貨店の紙袋を持って、傘をさした女性とすれ違った。
何気なくその顔を見た田中は、...❗️
田中「失礼ですが、かすみさん、ですか?」
かすみ「えッ➖、田中さん⤴️。何でここにー」
田中「今日から出張で、今、着いたばかり」
かすみ「そうなんですか、私は年末に実家に戻ってきました。
今、時間がないので、何か困ったことがあったら、連絡くださいね」
2人は携帯番号を交換して、別れた。
けして若くはない2人であるが...、
次回予告:かすみ その弍
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