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りぼーん 第7話

60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。

前回まで
有志とのランチや普段の田中の生活

目次
・関西へ

関西へ

少し時計を戻して、2019年5月。
(タクシー会社に入社する約1ヵ月前)

2週間の会社の業務引継ぎを終えた5月中旬、
田中は、和歌山に近い大阪の墓地にいた。

前年の秋に亡くなった加古の墓参りである、
彼とは新卒で入社した会社の、同期入社であった。

その日は天気も良く、大阪湾を一望できる
丘の中腹に、ようやく彼の墓を見つけた。

同じ形状の幾百幾千の墓石が、軽く弧を描くように配置されていた。

後輩の平田から、墓石番号を教えてもらわなかったら、とんでもないことになった。

平日の夕方、周りには人影もなく静まり返っていた。

墓石をタオルで拭き、花を墓前に供え、線香に火をつけた。

加古とは、田中が東京から大阪支店に転勤になってから、親しくなった。

2年後、京都営業所で机を並べるようになると、一層近くなった。

東京からの転勤者は、社内でのプレッシャーも多く、
2年過ぎたがまだまだ大阪、関西のことは
知らないことも多かった。

田中には、中々深く入り込めていないという実感があった。

特に排他的で癖が強いと言われている、京都での仕事は、
実績を積んできた田中も、身を引き締めて臨まねばと、思っていた。

そんな時に同期の好もあり、気安く話せる加古は、
田中にとって頼りがいのある存在であった。

彼は大阪南部の出身、仕事とプライベートを
はっきり区別するタイプ。

仕事が終われば、後輩や若い女性社員と飲みに行ったり、夏の休暇では海外旅行などをして、
30代前半の生活を楽しんでいた。

田中はその生き方に、肯定も否定もなかった。

妻子持ちで転勤族の田中にとっては、もちろん羨ましいという気持ちはあったが、
特に深くは考えてなかった。

加古「さぁ、仕事は終わり、終り⤴
タナカさ~ん、今日はどこぞに行きましょか?」

田中「ちょい待ちー、未だ伝票が書ききれてない」

加古「それ嫌味ですかいな❓ 
未だ売上するの、月曜でえーやないの、月曜で」

田中「(顔を上げずに伝票を書きながら)ハイ、
はい、わかりました。
こないだ行った…、何だっけ、都だっけ?」

加古「またぁー、アンタ違うとこ知らないとダメでっせ。

せっかく京都に来たんだから、違うとこ行きまひょ、違う飲み屋にー」

田中「任せる、だけど今日はタクシーで帰らないよ、高いんだから千里までは」

加古「それー、アンタ貴子ちゃんの処、行ったからでしょ~」

田中「まぁーね(笑)」

その会話を聞いていた所長の小林が、

小林「加古さんや、アンタのチーム、未だノルマまで遠いでっせ⤵️
今月こそは出来るよね?」

加古「またぁ所長、いま田中サンと楽しい話してたのに、現実に戻す⤵️  

(キッパリと)私は出来ません、雄二次第ですワ。

アッ❗️そうそう、そう言えば所長も同じチームでいらっしゃいましたよねー❓」

所長「俺んとこは、ロンドンさんだけだし、今月は予定の数字納品したから、もう無理」

加古「何、それー⤴️ ほなら仕方ないですな。
雄二が府下でどれだけ稼いでくるかですな。
田中さーん、府下はどうでしたの?」

田中「うん、今月はもう売上げは要らないので、
来月分の受注を貰ってきた、即納も少しあるけど。

うちは取引先の数は多いんだけど、各店の数字は
ローヤルと違って小さいので、かき集めないと(笑)」

田中「それに競合も多いから、基本的に営業方法が違うよね。
雄二も店数を広げれば、前年よりは数字は獲れると思うよ。

ただ出張に出るのが、少し遅いね」

所長「お願いしますよ~田中さん⤴️ その辺を教えてやってー!!!」、
「加古さん、月曜の会議、アンタが行ってよ!」

加古「何をバカなこと言ってますの〜、それが所長の仕事でしょ」、
「田中サン、平田は帰ってくるの?」

田中「いや、直退してもいいと言ってるから、多分帰ってこないよ。

奈良で来月の仕事するか、一人で遊べと言ってるから(笑)」

所長「加古さん、都に行こ、都でいいでしょ。やけ酒飲んでやる」

加古「まぁまぁ、身体壊したら元も子もないですよ。
会議だけ耐えてくださいな~」

事務所の戸締りをした3人は、辻々に祇園祭りの練習のお囃子が聞こえてくる夕暮れを、四条に向かって烏丸を上がっていった。

結局、田中はその晩もタクシーで帰ることになる…。

次回予告: かすみ





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