りぼーん 第21話
60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。
前回まで
・皓太郎の結婚
目次
・有志とのランチ④
・コロナ禍の人々⑧(⇒申し訳ありません、次回に繰越しです)
・有志とのランチ④
3月21日、最後まで2度目の緊急事態宣言が実施されていた首都圏の1都3県が、ようやく全面解除となった。
同下旬、田中は久しぶりに日曜日の乗務であったので、少し早めに出社した。
着替えを済ませ事務所に行くと、有志に出会った。その一瞬後、
有志「たなかさ~ん⤴、・・・」
田中「どうした、明け❓」
有志「はい、ちょっといいですか?」
と言って、乗務員の納金計算室に入った。
田中「どうした❓」
有志はオーバーでなく、涙をためてしゃがみこんだ。
田中は、有志が受けたお客様からのクレームの内容を、一通り聞いた。
結論は、多くのケースと同様に料金が高いというものであった。
クレームは乗務員にとって、事故や違反と同じように重要な管理項目であり、加えて人の感情も主役となるため、少し厄介な事象である。
田中は、特に有志がミスをしたとは考えられなかった。
が、クレームを付けてきたのが乗車した本人ではなく、タクシーチケットを渡した主だと聞いて、その状況を考えた。
会社にとって、チケットのお客様は法人であれ個人であれ、特別な存在である。
それ故に、担当職員は有志に譲歩しなさい、お客様の言い分を受け入れろと、いうことであった。
田中「宗ちゃん、お金で済むことならそれで済ませてしまったら、どうだろう・・・」、
「まさか、全額補償しろということじゃないだろうし、通常の料金との差額だけだろうから」
有志「・・・❗️、そうですよね。今、田中さんに言われて少し目が覚めた様な気がします」、
「それまで自分の対応には自信があったので、会社に抗弁していました」
田中「その正義は、今は勿体ない。
相手の当事者が入れ替わったし、君には明日も
乗務がある」、
「未だ続けなきゃいけないんだから、早く処理を
済ませて引きずらない方がいい」
有志「そうします、ありがとうございます。
田中さんに今日会えて、良かったです」
田中「大丈夫だね」
有志「はい、処理してきます」
田中は事務所で担当職員と話している有志の背中を見ながら、車の点検のため車庫に向かった。
数日後、乗務の明けの昼に田中はいつもの様に有志と、昼食を一緒にした。
有志「先日はありがとうございました、
助かりました」
田中「いや、大したことしてないよ、無事に済んでよかった。
それよりも俳優のS夫婦の件、教えてよ〜(笑)」
有志「ハイ(笑)、場所は広尾G.H.の紫陽花レジデンスです、朝の8時頃に無線で呼ばれて、お送り先は
東京駅の八重洲口で、新幹線に乗るご様子でした」
田中「ご家族で❓」
有志「ハイ、ご予約名が奥様で、3~4歳ぐらいの男の子とそれよりも小さい男の児で4名の乗車でした」
田中「マスクをしていたのだろうから、直ぐには分からなかったでしょ❓」
有志「まったくわかりません、ただ話し声がどこかで聞いたことがあるなーと、それで改めてバックミラーで確認しました(笑)」
田中「そうか、そうだよね。どんな会話を❓」
有志「上の男の子に、掛け算の九九を教えていました(笑)」
田中「・・・❓、未だ早くないですか〜(笑)」
有志「ええ(笑)、そうですよね。降車されて奥様が支払いのクレジットカードをお忘れになりました」、
「1分くらいで気が付いたのですが、もう姿は見えず保管して帰庫しました」、
「もう少し早く気が付いて、追いかけて行って
『倍返しです』と言えばよかったと思いました」
田中「座布団1枚❣」
田中はお腹を抱えて、レモン杯を飲み干した。
政府は4月5日に大阪、兵庫、宮城にまん延防止等重点措置法を発令、
飲食店に時短営業、
イベントの人数制限、
不要不急の他府県への移動自粛、
を要請した。
同12日、東京、京都、沖縄
続く20日、埼玉、千葉、神奈川、愛知に
発令された。
そして再び、4月25日に3度目の緊急事態宣言が発令され、東京は6月21日~7月11日のまん延防止等重点措置法を挟み、実に6度の宣言延長を繰返すことになる(4回目の緊急事態宣言を含む)。
9月30日にようやく宣言が終了する、
そして田中が正月に感じた違和感が、
本当はコロナ関係ではないことが、
その頃にわかる。
次回予告: コロナ禍の人々⑧