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りぼーん 第11話
60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。
前回まで
コロナ禍の人々①
目次
・コロナ禍の人々②
コロナ禍の人々②
・2020年の新年松の内も取れる頃、週なかの20時
過ぎ、六本木からほろ酔い加減の2人連れを乗せた。
紀子「お正月、どうだったの❓」
正「まぁね・・・(少しの沈黙のあと)、ちょっと奇跡があった」
紀子「何ぁに、それ❓」
正「初恋の女性と、中学の時付き合っていた彼女と、高校の時に付き合っていた彼女3人に、会えた。凄くない・・・❓、奇跡だな」、
「同級生の皆とは、インスタとかLINEでやり取りしているみたいだけど、俺は向こうにいないので、とりあえずフェイスブックを交換した」
紀子「(無言・・・)」
正「正月、何してたの❓」
紀子「何処にも出かけなかった、
家で食っちゃ寝、食っちゃねしてただけ。
・・・それで、運命感じたの?」
正「感じた」
紀子「・・・バカじゃないの、信じられない。
でー、どうするの?」
正「別に・・・」
紀子「なら、意味ないじゃん。
・・・、でもそういうの、あるかも。
久しぶりに故郷に帰って、寄り戻すみたいな・・・」
正「・・・(無)」
紀子「私、月末から事務所変わるから。
定期的な移動だし、改正派遣法とかいうのが、
影響しているみたい。
でも、説明聞いてないし良く分からない」、
「今度は川崎なんで、初日は車で送ってくんない?」
正「いーよ、遠くなるの❓」
紀子「未だわからない~、同じくらいかな時間は、ただ距離は少し遠くなるかも」、
「定期券の申請するんだけど、今と同じようにバスの部分を誤魔化すから、月2,000円ぐらいは浮くよ」
正「今もそうだっけ❓」
紀子「こないだ、そう言ったじゃない。
まっ、いいけど。
スーパー寄って、明日の朝、食べる物無い」
正「うん、わかった」
車は青梅街道の環七を、少し過ぎた辺りで停まった、2人は少し距離を置きながら、歩き始めた。
田中はスーパーの灯りに消えそうになる前に、2人が手をつないでいるのを見た。
その手を離すなと、想いながらハンドルを握り、
車を動かした。
・2020年1月中旬の連休最終日の夕方、大泉学園に無線で呼ばれ、都心に向かった。
田中は閑静な住宅街の一角に、約束の10分ほど前に到着し、5分前に車外に出て待機した。
乗客は若い父親と2歳前後と思われる息子、
見送りには父親の両親と、姉もしくは妹。
別れの挨拶の後、発車して10分も経たない頃、
幼い寝息が聞こえ始めた。
田中は、バックミラーで父親の様子を見た。
彼は、スマホを片手に、遠くの景色を眺めるとはなしに見ながら、少し深いため息をついたのを、
聞いた。
田中はこの無線の前にも、実は、同じ組み合わせのお客様を、中村橋から市ヶ谷までお送りした。
この父子をお送りする間、
田中は幼児たちの母親を、想像した・・・。
そして、自分が育った昭和と、今を。
人の心を、考えた・・・。
田中の車は大久保通りに入り、神楽坂に向かった。
・1月下旬の月曜の朝、無線を受けた田中は、一目で配車情報の量が多いことに気づき、安全な場所に車を停めて確認をした。
「遅れは必ずすぐ連絡、エアコン24度に設定。 シートヒーターは止める。
お送り先:春日通りから順天堂病院へ向かい、外堀通りから水道橋駅を左折。神保町交差点を右折して靖国通りへ、靖国神社の交差点のファミリーマートの前へ」
田中は、(やれやれ神経質なお客様らしいな・・・)
改めて深呼吸をして、東大に近いマンションに向かった。
田中「おはようございます⤴、ご乗車あり…」
今井「寝るから、指示通りに行ってくれる」
と言うや、今井は靴を脱ぎ横になった。
田中はマニュアル通りの口上を、一瞬中断したが最後まで言い切り、車を出した。
配車情報の指定コースは、無駄のない普通のもので、エアコンの指示も仮眠であれば不思議ではなかった。
が、田中は今井がこの短時間で眠るとは、考えなかった。
実際、車が右左折する場所では、確認されている様な気配を、背中で感じた。
車は順調に進行し、九段の坂を上り始めた途端、
今井はむっくと起き上がり言った。
今井「次の交差点を渡ったら、止めてくれ。
2千円あるから」
田中「ありがとうございます、料金は1,780円です。お釣りの220円と領収書でございます。お忘れものございませんか、また・・・」
田中が、お釣りと領収書を渡すやいなやドアから出て言った。
田中は、今井がファミリーマートに入るのを目の端で見ながら、2つ折りにした2枚の千円札に触れて
・・・❓
直感的にお札が厚いと感じ確認したところ、最後に5千円札が入っていた。
田中はサブキーでロックし、ファミリーマートに向かった。
直ぐに今井の後姿を見つけた、買い物籠にお握りを入れながら物色している最中であった。
田中「今井様、お忘れ物です」
今井「・・・❓」
田中「こちらをお忘れです」
今井「・・・(はにかんだ笑顔で)、ありがとう」
田中「はい、また全日本交通をよろしくお願いします」
田中は一日の仕事を終えた安堵と、
何かマッタリするものを感じて、深い息を
吐きだし、会社に向けてハンドルを握った。
コロナは深く静かに広がり、その週末からTVのニュースが他人事で済まされなくなることを、感じ始めることになる。
次回予告:コロナ禍の人々③