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りぼーん 第5話

60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。

前回まで
大手タクシー会社に入社した田中がデビューし、新しい仲間と出会い、業界の独特の勤務体系に馴染むまで。

目次
20時間の小旅行
・有志とのランチ①

20時間の小旅行

田中は遅番に所属しており、大体15時半~16時に点呼(集合朝礼+ロールプレイイング)を受けて、
約18〜20時間の一人旅に出る。

休憩は、食事の時間を含めて、3時間ほど取らねばならない。

体調が悪かったり、睡眠不足と感じる場合は、自らの判断でそれ以上取ることは、もちろん可能である。

その他、長時間の連続した運転を禁止した規則がある。

これらはお客様の安心・安全を担保するための規則であり、
乗務員の身体的・精神的疲労を軽減するため。

乗務員が忘れてはいけない、ルールのひとつ。

田中のルーティンは、出庫した後、夕方に帰宅する人や繁華街に移動する人を、対象とした営業を行う。

21時頃~22時頃に食事を兼ねた休憩をとる。

その後、繁華街から帰宅する人や、残業後の人の 帰宅が中心の、深夜営業になる。

それがひと段落した後、休憩を取り、明け方からは空港やターミナル駅等への予約無線や、出勤の人々をお送りして、1日の営業を終える。

走行距離は人によって異なるが、
概ね平均250km~300km前後、
お客様を乗せている距離は、その半分程度である。

会社に戻ると、社内のスタンドで燃料を充填し、 メーターや端末機器による日時報告操作をする。

そして、出庫前と同様にアルコールチェックを受け、売上金を納め、洗車して、帰宅することとなる。

営業は、乗務員が各々自分の行きたいエリア・場所を目指す。

其処に行き着く前に、お客様の手が上がったり、無線が鳴ると、思いとは別のエリア・場所で始まることが少なくない。

自分の好みの場所とは、そのエリアの道に精通していることであったり、お客様の手がよく上がるところ、かつて中・長距離のお客様に出会ったところ、酔客が少ないところ等…。

然しながら、時間や曜日、季節と共にそのポイントは常に変化し、
乗務員の考えや経験だけで、期待通りの結果が得られることはほぼない。

一説に因ると、ベテラン乗務員ほど過去の引き出しが多く、それによる経験値から抜け出せないらしい…。

田中の様に、仕事を始めて間もないころは地理に自信がなく、道を覚えきれないので、自分が分かる少ない得意エリアでの営業が、中心となる。

有志とのランチ①

田中はたまに有志と、乗務後に朝昼兼用の食事をする事がある。

付き合いは短期間であるが、価値観がそれ程違わないと、感じているからである。

2人の年齢差は、親子ほど離れているのに、互いに不思議と気にしていない。

田中は、文雄と同居し始めてからは外では飲まないが、以前は、ほぼ毎晩のように外で飲んで帰宅していた。

有志はアルコールに弱いが、飲みながらコミュニケーションを取ることを、厭わない性格。

レモンサワーなどを飲みながら赤い顔して、いつも田中に付き合っている。

道の情報交換や、その日あった出来事、仕事の愚痴などを話して気分転換している。

有志「聞いて下さいよ…、今日のお客様、何と言ったらいいのか。結構、酔っぱらっていたんですが、目的地はきちんと言えたんです。
で、ルートも問題はなかったんです」

田中「それなら、乗車をお断りする理由はないね」

お客様「あれー❓、何で運転してるの~」

有志「私はどう返事していいか分からず、いい加減な返事をしました」

お客様「今日は本当に楽しかったよネー。でも、ナンで其処にいるの~❓」

有志「適当にあしらおうとしていたんですが、どうも私のことを全く疑いもせずに、友達と信じてるみたいなんです。支払が終わってからも…」

お客様「また、飲もうネー⤴️」

有志「と言って、降車されたんです。田中さん、どう思いますこのお客様…」

田中は、レモンサワーを飲みながら、笑い転げているだけだった。

次回予告:有志とのランチ②






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