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りぼーん 第25話

60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。

前回まで
・特別養護老人ホーム
・東京オリンピック2020

目次

・文雄 逝く①

その朝、田中はスマホの着信で起こされた、いつもの起床より1時間ほど早い時間だった。

声の主は文雄のケアマネの庄司からで、少し緊張した雰囲気を感じた田中は、ベッドの上で座り直して、庄司の声を待った・・・。

同時に、田中は今回は乗り越えられないかもしれないと、何となく直感した。

庄司「実は昨晩、吐いたようで1時間ほど前から血中酸素濃度の値が悪く、救急車を呼んで、いま到着したところです…」

田中は仔細は別にして、やはり起こったかという
想いと、連絡の遅さに、少し怒りを覚えた。


同時に田中の頭には・・・、

それは2月の未だ寒い、冬の朝4時頃であった。

田中は玄関の物音で起きた、通常2か所のドアを閉めて休むのであるが、その数か月前から文雄が夜中に着替えて、外出をしようとする事が度々発生した。

それ以来、玄関までの総てのドアを開け、ドアノブも紐で結んで、安易に外出できない様にしていた。

田中が玄関に行くと、着替えを済ませた文雄の背中が玄関の外に出ていくところであった。

田中「またか💢…、勘弁してくれよ」

田中はカーディガンを羽織りながら、玄関を出て
文雄の腕をエレベーターの前で掴んだ。

田中「未だ、デイサービスには早いよ(笑)」

文雄「そんなことないよ、呼びに来たんだから。
行かなくちゃ」

田中「今、朝の4時です。
父さん、まだ早いので家に戻りましょう」

田中は文雄が理解できるとは思っていないが、ぼやぼやしていると風邪を引かせてしまうかもしれない。

それまでの経験から、いつも体調が崩れるのは
決まって1月か2月であったから。

辺りはまだ寝静まっており、冷たい雨が、降っていた。

家に連れ戻した文雄であったが、ベッドに腰かけてボーッとしている。

田中「着替えて寝直して下さい、電気毛布のスイッチ入れました。まだいつもの時間より、4時間も早いから」

文雄「・・・」

田中は、仕事に備えて少しでも睡眠を摂りたかった。

田中「…早く寝てくれよ!父さんが寝ないと私も眠れないだろ」

文雄「いいよ、私はこのままで。お前は寝ればいい」

田中は無理矢理、着替えさせようとしたが、文雄が抵抗した。

田中は文雄の頬を平手打ちした、

田中「いい加減にしろ、好きにしたらいい」

田中は玄関の三和土に車いすを移動させて、カギをロックしドアノブを再度、紐で結んだ。

布団に入った田中は、眠ろうと努めたが眠れるはずもなく、空が明るくなるまで目を瞑っていた。

親を虐待するニュースは何度となく見たことがある、まさか自分がその種類の人間になるとは・・・、
言葉にできない不快な想いが、田中の中で起こっていた。

いつもの様にこの苦い出来事が、浮かんだ。

(庄司とのやり取りに戻る)

田中「意識はありますか?」

庄司「あまりはっきりしません、現在搬送先を探している最中ですので、決まりましたらお知らせします」、

「一つ確認させて下さい、施設との契約では積極的な延命措置を施さないということになっておりますが、今回はどうされますか?」

田中「(そこまで切迫しているのかと思いながら)突然のお知らせですし、過程の仔細が分からないまま結論を出すような話ですね…」、

「(田中は少し間をおいて)気管切開して.
挿管出来る病院の選択をお願いします」

数分後・・・

庄司「搬送先は、東京医科歯科大学病院です。
どうされますか?」

田中「今から準備をして向かいます」

数十分後・・・

田中と綾子は、救急の当直医から説明を受けていた、予想通り庄司はその場にいない。

立石「…、最終的には言い古されていますが、ご本人の体力次第ということになります。
かなり厳しいということは、お伝えいたします」

状態が少し安定したので転院を告げられ、文雄は
近隣の東武病院に救急車で搬送された。

何故、文雄が夜中に吐いたのか、その原因を
立石医師は想像ですがといい、説明をしてくれた。

その原因は、文雄のウィークポイント=便秘と肺、であった。宿便のため胃の消化物が逆流し、
気管に入り肺炎を引き起こした・・・。

前任のケアマネは、そのリスクを避けるように
日常から接していたので、何事も起きなかった。

田中は殆ど希望がないと頭でわかっていても、
何とか持ち直してほしいと想いながら、
病院を出る救急車を見送り、会社に向かった。


次回予告: 文雄 逝く②







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