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りぼーん 第13話

60歳を半年後に迎える田中が、その先を考えて選んだ仕事を縦糸に、
田中の父との日々や、コロナ禍で生きる市井の人々を横糸にした話。

前回まで
コロナ禍の人々③

目次
・コロナ禍の人々④

コロナ禍の人々④

・2020年3月下旬の土曜の早朝、田中は世田谷から八王子のゴルフ場へ、男性2名をお送りした。

坂本(部下)「佐藤なんですけどね、やはり離婚するそうです。流石にカミさんの浮気は、我慢できなかったらしいです」

平山(上司)「そうか…、彼は確か未だ住宅ローンが残っていると、言ってたよな」

坂本「はい、そうです。ローンの残った家は処分せず、彼がそのまま住んでいます。
今の楽しみは、たまに娘に会うことらしいです」

平山「そんなもんかねー。離婚と言えば、私のところの近藤も旦那の浮気で、離婚を決めたらしい。

こないだ子供と沖縄旅行してきたんだけど、私が
現地のアレンジしたんだよ」

坂本「こんな時期に、よく行きますね」

平山「いや、沖縄は観光客でいっぱいだったらしいよ、卒業旅行っていうの。

コロナで海外は行けないけど、国内なら制限ないからね」

坂本「そういうことですか、
しかしよく金あるな~」

平山「旦那が、ほら昭和じゃない。
慰謝料かなり取ったらしいよ」

坂本「そうなんですか…」

車は名門CCの車寄せに入った、上司はチケットで
支払いを済ませた。

田中が、倶楽部のトイレを拝借して車に戻る時に、近くにいた地元の会員らしい男が、

「タクシーでゴルフに来るか、やはり金持ちの遊びだな~」という声を背中で聞いた。

田中はお茶を一口含んで、車を都内に向けた。

この年の東京の桜は、いつもより早い満開を迎えていると、田中は感じていた。

コロナの為、都内の主な公園は封鎖され、見頃の桜を楽しむゆとりや雰囲気は、感じなかった。

が、朝夕の千鳥ヶ淵や目黒川では、近隣の人々が
のんびりと、桜を楽しんでいた・・・

ある日の明け方、田中は会社に帰る途中に、
車を目黒川の側に停めて、桜の樹の下に立った。

明け方の茜色の空を、覆いつくすほど満開に咲いている桜を見て、田中は不憫に想った。

・2020年4月間近の平日、田中は無線で呼ばれて信濃町の嘉応大学病院の救急入口の到着したのは、午前1時30分を過ぎていた。

乗り込んできたのは、慈愛医科大学の医学生であった。品川区役所近くのタワーマンションまで、お送りすることになった。

田中「お父様はさぞやお慶びでしょう、お客様だけでなく妹さんも、明治女子医大でお医者様の道を進むことになったのですから」

田村「そうですかね~❓」

田中「そうですよ、やはり職業ごとに色々と特殊なお悩み事や、問題があると思うんですよね」

田村「それは、何となくわかります」

田中「お母様は、お父様と長いでしょうからそれなりに理解されていると思いますが、同じ職業であれば、状況の理解に一層の深みがあると思います」

田村「父もそう思ってくれると、いいのですが」

田中「お客様はSさんの、キリマンジャロの雪をご存知ですよね❓」

田村「いや知りません、チョット待ってください。
これですね…、ハイはい」

田村はスマホで検索して、概要を読んでいるようであった。

田村「わかりました」

田中「Sさんは実在の人物をモデルに書き上げたそうですが、この作品に感化されて実際にお医者様になられた方もいるそうです、映画にもなりました」

田村「…❓、そうなんですか。今度、時間のある時に聴いてみます」

田中「…お客様は吉野川という、これもSさんの小説と映画ですが、ご存知ですか❓」

田村「いや、知りません。
どんな内容なのですか❓」

田中「徳島の阿波踊りが話の風情の色どりを加えておりまして、医学生には欠かせない献体が、大事な要素です。大人の恋愛の話ですが、私は好きな作品です」

田村「時間がある時に、読んでみます(笑)」

田中「菊花会をご存知ですよね」

田村「はい、献体が無ければ私たちは実習の勉強が出来ず、お世話になったのを昨日の様に覚えています。

もう、その過程は終了したのですが、全員でお参りにも行きました」

田中「そうですか、初心忘るべからずですね」、

「申し訳ないのですが、私は今の病院診療に不満があります。目の前に患者が居るのに、医師は患者を殆ど、見ていない。

パソコンの画面ばかり見ています、パソコンのデータを見なければ患者の状態を正確には分からないのですね。

例外のお医者様もいらっしゃることは重々承知の上です、昭和の時代とは違い、医療事故の訴訟問題やそれに対する防衛もわからない訳では、ありません。

然しながら、そのたった10分そこらの診察の為に、患者は大変な労力で病院に来ています…」、

「少しは赤鬼を見習ってほしいです…、ノスタルジーですね…(笑)」

田村「・・・❓」

田中「赤鬼をご存じないですか❓」

田村「はい」

田中「江戸時代の実在の人物を下敷きに、清水清氏の原作による小説と映画です。
小石川養生所…、お聞きになったことございませんか?」、

「これもお時間がある時にでも、お読みになっても良いかもしれません(笑)」

田村「(笑)・・・そうします」

車は、やがて品川区役所そばのマンションの前に停まった。

田中「少し、お喋りが過ぎました、ごめんなさい」

田村「いえ、いろいろと教えて頂き、ありがとうございます」

田中「立派なお医者さんになってくださいね、期待しています」

田村「頑張ります」


数日後、特別措置法に基づく緊急事態宣言が発出された。
(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)


次回予告:コロナ禍の人々⑤














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