結果としての「一歩前へ踏み出す」こと
先日、片麻痺の患者さんの歩行訓練の最中に
「足が引っかからないようするは、どうしたらいい?」
という質問をいただいた
一般的なセラピストであれば
「足を前に出す」ためのプロセスを事細かに解説し
時系列に起こる関節運動と
それに対応した筋肉の収縮
そして、そこからフィードバックされるであろう感覚
の話をするだろう
運動学や歩行分析の論文を実装した
無双のセラピストともなれば
「ペリー」や
日本であれば「山本澄子」や「石井慎一郎」の言葉を引用し
異常歩行とはどんなものなのか?
というところまで包括的に解説するだろう
認知運動療法に傾倒している人であれば
「ペルフェッティ」をひっぱりだし
患者が歩行時に、
環境をどのように認知しているのか
どんなふうに感覚を統合しているのか
を患者に問い続けるだろう
いずれの路線も正しく
間違ってはいない、からこそ
タチが悪い
これらは全てプロセスの話であり
結果から逆引きした「要因」の塊であって
「結果」を操作するものではない
ここで考えてほしいことがある
10m先のゴミ箱がある
さっきまでストレス解消のために噛んでいたが
味がしなくなり、
もはや今ではそれがストレスの元凶となってしまったガム
をちり紙で強く握りしめ
そのゴミ箱に投げるとしましょう
勢いよく1Gの重力空間に投げ出されたちり紙は
放物線を描き
ゴミ箱のフチに当たり
整然とした部屋の一角を澱ませ
ストレスの元凶として
再び猛威をふるい始める
さて、歩くときに足が引っかかるのはなぜでしょう?
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