「これ以上はこの世に無い」とさえ思う極上にディープなチルアウトブラックミュージック 『The Glitter Of The City(1977)』 / Ron Everett
1977年に発表された 『The Glitter Of The City』 。
プライヴェートプレスだったオリジナル盤は発売当時レコード店には並ばず、おそらく関係者の間でのみ譲渡や取引がおこなわれていた類の作品で、現在でもその存在は世界で数枚しか確認されておらず、熱心なファンク/ジャズ愛好家の間では「幻のアルバム」と言われていた作品(ご多聞にもれずRare Groove A to Zにも掲載。私はそれを見て存在を知った)である。
Discogsでチラッと覗いてみたら最後の取引価格は100万円越えだった模様。てなわけでブートレコードも結構出回ってたらしい。100万以上出して買ったソレですら本物かどうかは五分五分の博打ぐらいに希少なレコードである。そもそものオリジナルが手作り感バキバキの自主レーベル作品だから、見た目だけでのオリジナルと偽物を見分けるのは難しそう。
イギリスのレーベルJazz Manの必死の調査と尽力により、今までに枚数限定の再発プレスが何度か行われていて、CD化されたのもつい最近(2021年)。
そして、そんな幾多の逸話によって上がりに上がったハードルすら軽々越えてくる完成度の作品でもある。
『The Glitter Of The City』はフィラデルフィアで活動していたロン・エヴァレットというジャズトランペッターが残した唯一のアルバム(7インチは2枚出してる)で、彼はもともとR&Bグループで活動していた経歴も持つ。てなわけで、このアルバムでは彼自身が歌って、トランペットを吹いて、さらにはピアノも弾いている。それ以外の楽器の演奏は地元のミュージシャン達で固め、女性のゲストボーカルを1人だけ呼んで、人知れず世に放たれたプライヴェートプレス盤である。
このアルバムの最大の魅力はなんと言っても
「ゾクゾクするような生々しさ」
に尽きる。
Tipsy Lady
Pretty Little Girl
The Glitter Of The City
輪郭明瞭なエッジの効いた演奏や、突き抜けるようなビブラートやハーモニーで聴く人を「圧倒する」ことがミュージシャンの本分であり醍醐味であり主流だったショービズ全盛の当時のブラックミュージック界にあって、この生々しさ、ドープネス、掴みどころの無い浮遊感と気だるいビートである。
そして洗練された都会的なトーンがアルバム全体を包んでいる。タイトルもまさに「The Glitter Of The City(都市の煌めき)」。
パーティーで疲れ果てて、古びたマンションの一室に帰ってきたスーツ姿の男が、ネクタイを緩めてソファに腰掛ける。
隣のキッチンから聴こえてくるのは同居するパートナーの鼻歌。
大きな窓から見えるのは煌びやかなフィラデルフィアのビル群の灯り。
そんな情景を思い浮かべてしまうような、都市生活者たちの束の間の脱力と孤独に寄り添うような極上の生音チルアウトミュージックである。
本来対立しそうな生々しいドープネスと軽やかなアーバンムードの調和を、狙って作り上げるのは本当に難しいと思う。プライヴェートプレスという制約が絶妙にいい方向に作用して、偶然出来上がった産物の可能性も捨てきれない。
けれどこのアルバムは、どうにも偶然やマグレで出来上がったにしては引き算の具合がそれこそプロフェッショナリズムの賜物でないと説明できないバランス感覚で仕上がっている。演奏もロン・エヴァレット独特の歌唱も、一歩間違うとヘタウマになりかねないところを、すんでのところで回避・調整しながら確信犯的にギリギリを攻めてる感じがするのである。
わざとらしいぐらいキラキラしていたフィリーソウル作品が乱発されていた70年代当時に、「この音楽最高だろ?」ってこのアルバムを作り上げた感性に脱帽する。
そういう意味でロン・エヴァレットという人は少なくとも20年、いや30年先の感性の持ち主だったと思う。ちょっとばかりタイムトラベラーっぽさすら感じるぐらいである。
ロン・エヴァレットという、レコードディガーでもない限り生涯辿り着かないような知名度のミュージシャンについて、人知れずこのアルバムを聴きながら
「才能が過ぎるが故に日の目をみなかったんだな」
と空想させてくれる、ワクワクとゾクゾクが止まらないブラックミュージック史に残る大名盤である。
皆さんもぜひ、タバコとウィスキー片手に。
両手塞がってるやんけ。