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「子どもに聴かせてはいけない “みんなのうた”」。不穏なノスタルジー極まるキセルの音楽。

キセルは京都府出身の兄弟デュオである。

立命館大学の軽音楽サークル「ロックコミューン」出身の兄・辻村豪文が、大学受験に失敗した弟・友晴を誘う形で1999年に結成された。ちなみに豪文とくるりのメンバーたちは同大学・同サークルの同期生である。

結成後は地元・京都をベースにライブ活動を続けていたが、ハイラインレコーズで委託販売したカセットテープ『キセル(2000)』、インディーズより発表したミニアルバム『ニジムタイヨウ(2000)』が話題となりビクターと契約。1998年デビューのくるり、1999年デビューのつじあやの、といった当時のビクターが力を入れて売り出していた京都出身のSSW勢に連なった音楽デュオとして、2001年にアルバム『夢』でメジャーデビューを果たす。

ハナレバナレ (2001・2005) / キセル


ギンヤンマ(2002) / キセル


ベガ(2002) / キセル


柔らかな丘(2004) / キセル


時をはなれて(2014) / キセル


くちなしの丘(2011・2019) / キセル



カセットMTRとサンプラーを駆使したローファイフォークに、ヨレた打ち込みや電子音のアレンジを加えたサイケデリックでノスタルジックなサウンド。
結成当初の宅録時代の「不可避的なローファイ感」が、キセルという音楽ユニットの一貫したアイデンティティの核である。メロディーメイキングのセンスも抜群だし、牧歌的でありながら宇宙っぽい。ザックリしたジャンルで言うとバロックポップ、サイケ/フリークフォークの分類だろうと思う。フィッシュマンズと坂本慎太郎の悪魔合体とでも言うべきか。聴き心地で言うとウィル・オールダムとかジム・オルークが近いかもしれない。まあとにかく単純なフォーキーポップスとは一線を画す音楽性である。
ボーカル・ギターの豪文はライブでドラムも叩く。ボーカル・ベースの友晴は横山ホットブラザーズ以来かもしれないミュージックソーの使い手でもある。

「東のキリンジ、西のキセル」と評され比較されることも多いが、同じく兄弟デュオのキリンジよりも良い意味でフリーキーである。サウンドだけ聴いて近づいてきた半端なヒューマニストを火傷させるパワーがある。
以前Polarisを紹介した時のnotoにも書いたが、キセルの魅力は「子供向けの絵本作家が酒浸りで仕事してる」みたいなアーティーな両面性である。作詞の辻村豪文がとりわけ言及しているのは、物事の不可逆性とその虚無感。
音はめちゃくちゃソフトだけど歌詞で言ってることはめちゃくちゃニヒリスティック、というアンビバレントな出力形態が、単なるヒーリングポップスではないキセル独特の「ねじれた不穏さ」を生み出している。残酷な真理を淡々と、極めて優しい音色と歌声で紡いでいく様は「子どもに聴かせてはいけない“みんなのうた”」のような脱構築的な魅力がある。アルコールの入ったクリームソーダみたいな。「キセル」というバンド名自体にもあらゆる含みがある。


キセルは同業者やクリエイター界隈にファンを公言する人が多く、細野晴臣から寵愛され、原田知世と懇意にし、2005年発表のベスト盤『タワー』ではYuki(JUDY AND MARY)、土佐信道(明和電機)、しりあがり寿、村上隆、佐野史郎、森本晃司といった錚々たる顔触れが選曲に携わった。上記に貼った『くちなしの丘(2011・2019)』はもともと原田知世に提供した楽曲のセルフカヴァーである。

キセルは2006年にインディーレーベル・カクバリズムに移籍。SAKEROCKやYOUR SONG IS GOOD、二階堂和美やイルリメ、ceroなどの所属アーティストで今やすっかり名門として知られる同レーベルのトーンマナーを、黎明期から確立してきた看板アーティストとして現在も活動中である。
来月(2025年3月)には8年振りのニューアルバム『観天望気』のリリース、および全国ツアーも開催予定。

なんか意図せずにステマみたいな締めになってしまいましたが、キセルを知らなかった人は、是非この機会に彼らの音楽に触れてみてください。

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