クラブ嫌いの人のためのクラブミュージック「Lo-Fi HOUSE」で孤独に踊る。
「Lo-Fi HOUSE(ローファイハウス)」は、2015年頃から興隆した新しい音楽ジャンルである。
「Lo-Fi(ローファイ)」という言葉は近年、本来の意味から遠のいて概念的に扱われることが多い(特にヒップホップ界隈で、ヌジャベスlikeな単にチルでメロウなトラックをそう呼んだりする)のだが、本来は高音質を意味する「Hi-Fi(ハイファイ)」をもじったスラングで「音質が悪い」という意味で使用される言葉である。
ローファイハウスはその名のとおり「音質の悪いハウスミュージック」なのだが、猫も杓子もMacとiPhoneの現代にあってビートミュージックをPCで作る際に不可避的に録音環境や再生環境が悪い、ということは起こらない。
ローファイハウスはPC上で曲を作る段階で、あらゆるエフェクトを駆使して「意図的に音を汚す加工処理を施している」。ざらついたドローンノイズを上乗せしたり、イコライザーをいじったりフィルタリングをかけながら「ヴィンテージ感を捏造」するのである。「昔のAMラジオのようなこもった音質で作られたハウスミュージック」と言えばイメージしやすいかもしれない。
ベースとなる音楽自体はディープハウスの流れを汲んでいる。メランコリックな上物メロディとストイックなミニマルビートを上記のサウンドエフェクトで覆うことによって、ノスタルジーを喚起するような陶酔感に聴き手をいざなう。
ローファイハウスのムーブメントは音楽業界全体のHi-Fi(高音質)至上主義に対するカウンターであり、ダンスミュージック市場の売り手も買い手も陽キャ独占という現状(!)に対するアンチテーゼの側面も大いにある。アーティスト名もジャケットデザインもおふざけ、場当たり的、適当であり、それがローファイハウスというジャンル特有の形式的な目印にもなっている(一枚写真をCDラベルっぽく円形にパス抜きしたジャケットデザインなど)。
またローファイハウスは、強いて言えば現状ヨーロッパ勢が旗振り役ではあるものの、ある特定の地域で局所的に興ったムーブメントはなく、ウェブコミュニティ上での相互影響によって世界同時多発的に発生した音楽ジャンルである。bandcampやsoundcloudはもちろん、ローファイハウスを専門に扱うYouTubeチャンネルなどもその隆盛に一役買った(SLAVなど)。
CDやレコードをフィジカルプレスするというアクションはあまり無く(ディープハウスからの進化の過程におけるグラデーション部分に位置取るアーティストは別だが)、愉快犯的に楽曲データと謎のアーティスト名だけがウェブ上を神出鬼没に駆け回るような現代的なアングラミュージックの在り方を体現している。そういう意味でvaporwave(ヴェイパーウェイヴ)の流れも汲んでいる。
要するに「ダンスミュージックを陰キャにも解放しろ」という陰キャたちの叫びがローファイハウスなのである。
大前提としてローファイハウスはダンスフロアやレイヴパーティで大勢が踊るために作られていない。ローファイハウスのクリエイターたちのほとんどは、自室の部屋でのヘッドフォンリスニングを想定して音楽作りをしている。
しかしながら最後に一言付け加えておくと、ローファイハウスのクリエイター達は決して陰キャの味方ではない。生粋のクラバーがその強すぎるハウスミュージックへの愛ゆえに解釈とアプローチがひっくり返ってしまった結果である。
いずれにせよ彼らはtomorrowlandで踊り狂う人々とは全く別のベクトルの人種ではある。が、善良な一般市民では話が通じないタイプのアウトサイダー達であることに変わりはない。彼らは陰キャの味方でも陽キャの味方でもない。ストイックなまでのハウスミュージックの味方なのである。
それでは個人的なローファイハウスのおすすめ楽曲をご紹介。
maybe tomorrow / MOOMIN
ムーミンはドイツ在住、ローファイハウスというよりディープハウス/ミニマルハウスのプロデューサー。2008年発表のアルバム「Yesterday’s Tomorrows」よりこの一曲。amazonで検索するとジャパレゲのほうのムーミンのアルバムがドバドバ引っかかって若干面倒くさいです。
疾走感のあるディープハウス。音がこもりにこもっていて抑制的で、奥ゆかしくてお洒落で、ローファイハウスを概念的に理解するために持ってこいの一曲です。
ONE LAST / DJOKO
こちらもディープハウスのプロデューサー。しかもこれまたドイツ在住。やっぱりこっち系は強いドイツ。「DJオコ」ではなく最初のDを発音しないで「ジョコ」と読むみたいですが、最近は名義を「Kolter(たぶんコルター)」と一本化している模様です。僕たち陰キャを裏切ってtomorowlandにも出てたりしてます。ローファイハウスの曲のほとんどがそうですが、サウンドエフェクトが外れて音がプレーン剥き出しになった瞬間が最大の脳汁ポイントです。
Rejoice! / willi6m(glhf)
この人は名義が二つあって、SpotifyでもYouTubeでも「willi6m」か「glhf」のどちらかで検索すると楽曲がヒットします。「willi6m」はたぶん「ウィリアム」と読むのでしょう。「a」の部分を鏡文字にして数字に置き換えているんだと思います。日本でいう「shing02」みたいな。「glhf」という言葉は英語圏のネットスラングで「good luck,have fun」の略語のようです。日本でいう「kwsk」みたいな。
性別も国籍も年齢も、ネット上に日本語の情報が全く上がっていないので素性は全くわかりませんが、その辺がいかにもローファイハウス的で良いです。なんなら最近聴いた音楽の中で個人的に一番リピートしているお気に入りの曲です。ただただお洒落でかっこいいです。
Midnight Calls / øverfeel.
2023年から楽曲が発表されはじめた(おそらく)ドイツのアーティスト。
シングルがいくつか配信されていて、アーバンでエモーショナルな音作りが魅力。今後に期待。最初の文字がラテン文字なのでややこしいですが読み方はたぶん「オーバーフィール」で正解。
Talk To Me You'll Understand / Ross from Friends
ロンドン在住。ローファイハウス黎明期のオリジンの一角であるロス・フロム・フレンズの2016年発表の3曲入りEPより。Brainfeeder(フライング・ロータスのレーベル)からフルアルバムなんかも出していて、ダンスミュージック界隈では次世代の前頭筆頭。ジャケデザインも音も、ローファイハウスのお手本のような一曲です。
興味が湧いたらローファイハウス黎明期のその他のオリジン達、DJ seinfeldやDJ Boringの楽曲も是非チェックしてみてください。