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スイスとみなかみ 似て非なるものと非して似たるもの【後編】 #ツェルマット #マッターホルン #ゴルナーグラート

 前編では、この目で見たもの手で触れたものなど客観的な事柄について書いてきたが、後編ではそれらを踏まえた見解や自身が感じたことについて、旅の総括と備忘の意味で拙筆ながらも主観的に綴ってみたいとおもう。

▼前編はこちらから


機能的且つ洗練されたスイススタイルのデザイン

 スイスを歩いてまず感銘を受けたのは、その自然景観はさることながら、それを阻害しない案内サインや店舗サインの美しさ、そして示すべきことはしっかり示すという機能性。

「360度の展望が開けるゴルナーグラートへはこちらの列車から」を表す駅のサイン。少し斜め上向きなのが登山鉄道らしい
ツェルマットでは示し合わせたかのように多くの店舗のシンボルマークに「マッターホルン」が描かれている。この場からもよく見えるよという意味も?
景観を阻害することなく示すべきをしっかりと示す。サインのフォントはほぼサンセリフ体で構成されている
ツェルマットアルパインセンターの外観とサイン。ネーミングが秀逸

 元より多言語国家であったスイスでは、複数の言語を併記する複雑さを補うために、様々な言語圏の人に対して見やすく読みやすくシンプルに情報を伝える(清潔感・可読性・客観性)ということがグラフィックのベースとなっており、その潮流は現代のグラフィックデザイン手法に色濃く通じている。いまから100年ほど前のヨーロッパで芸術運動にもなった「国際タイポグラフィ様式」が『スイススタイル』とも云われるのはその所以である。因みに、言語の壁を越えて情報を伝えるという目的を同じくするピクトグラムは、同じ頃に同じような理由でお隣の国オーストリアで開発された。

観光パンフレットやエリアマガジンもグラフィックの美しさが際立つ
観光マップも見やすく機能的

 このように美しいグラフィックデザインの数々は、視認性や回遊性といった意味で旅の精度を向上させるとともに、視覚的なイメージの向上によりエリアのブランディングに寄与していることは言うまでもなく、世界を代表する山岳リゾートは「伝える」ことについても大変な巧者であった。

スイスとみなかみの共通点について

1.エリアのシンボルとなる山の存在

 今回の旅で訪ね歩いたいずれのエリアも「山」を起点に観光圏が形成され、インフラが整備され、観光に伴う宿泊や飲食や物産をはじめとする経済が成り立っている。

ベルナーオーバーラントでは「アイガー」「メンヒ」「ユングフラウ」
エリアブランディングのタグラインは「TOP OF EUROPE」。ヨーロッパ最高地点の駅「ユングフラウヨッホ」に因むものであるはずだが、景観もサービスもすべて“私たちのエリアがヨーロッパ一番”と言わんばかりに、駅や観光案内所のスタッフユニフォーム左胸に輝やかせていた。

駅の発券スタッフが誇らしそうに示してくれた「TOP OF EUROPE」
TOP OF EUROPE(3463m|別名ユングフラウヨッホ)からローザンヌ方面を望む

ツェルマットでは「マッターホルン」
ことツェルマットに至っては、市中でのお店のサインやショーウインドウに「マッターホルン」がずらりと並ぶ。世界に名を馳せるそのネームバリューを持て余すことなく域内でシェアしつつ、またその価値そのものを高めあっている感覚。

ツェルマット観光局のオフィシャルロゴマーク
マッターホルン索道の広告サイン
広く流通しないクラフトビール。氷河の水を使用している
高級チョコレートのパッケージにもマッターホルン
足元にもマッターホルン


みなかみにもある、世界に通じる名峰「谷川岳」。
一年を通して美しい山容を見せ、山をベースに様々なアクティビティを楽しむことができる。かつてはヒマラヤやヨーロッパアルプスへの登竜門として苛烈な登攀が繰り返された「谷川岳一ノ倉沢岩壁」の山岳史はアイガー北壁のそれに匹敵する。スイスの山々とスケールこそ違えど、谷川岳は昔も今もエリアのシンボルであり続ける。

谷川岳南面の遠景
谷川岳東面 積雪期の「一ノ倉沢岩壁」


2.豊かな水源と国際機関による評価

 スイスの山岳リゾートとみなかみに共通するのは”大河の源流域”であるということ。スイスは「ローヌ川」「ライン川」「ドナウ川」といったヨーロッパを縦横に走る大河の源流を有す。一方で、みなかみは首都圏に暮らす3千万人の生活を支える「利根川」のはじめの一滴が生まれる場所。
壮麗な山々が育む水の物語と、それが織りなす圧倒的な景観美と生物の多様性、その地に暮らす人々の生活文化や山岳観光の歴史が評価され、スイスは世界自然遺産みなかみはエコパーク(BR)と、それぞれユネスコに登録されている。
古代の文明が川から栄えたことを踏まえると源流域ならでは生活様式や食文化で共通することがあるかもしれない?これはまた別の機会に考察してみたい。

マッターホルン周辺の氷河を源流とするマッターフィスパ川の下流域(フィスプにて)
氷河が削り取った山の岩石が日光に反射する粒子(ミネラル)となっているため川の色は青白い

 水が豊かということは水道水の質が高いということでもあり、ひいては豊かな暮らしが育まれる地であるともいえる。スイスの街角至る所に「水汲み場」なるものが整備されていて、ツーリストだけでなく地元の人も日常的にこれを利用していた。

ツェルマット教会前の水汲み場
インターラーケン・オスト駅の水汲み場
首都ベルンの歴史ある水汲み場

 ツェルマットやインターラーケンのような山間の街や村だけでなく、ベルンやチューリッヒといった都市部でも、この水汲み場を多く見かけた。調べると、古くは中世に建造されたものもあり、その頃から人々が水を求めてこの場に集い、まちの社交場のような機能を水汲み場が担っていたとされている。まさに、スイス版‟井戸端会議”、ニーチェ曰く‟そこに泉あり”といったところだ。
水質は硬水となっていたが、みなかみの超軟水に慣れた私であっても軟水と違えるほど口あたりまろやかで非常においしい水であった。

みなかみでも「MINAKAMI Oasis」Tapspotと称した水汲み場を整備中
谷川連峰や上州武尊山の湧水を水源とするみなかみの水道は弱アルカリ性の軟水で炊飯やお出汁をとる料理に適している。長野は大町市にあるように街の幾つかに水汲み場を設置するといった、水を観光資源としたまちづくりがみなかみにもあっていいようにおもう。

みなかみ町内3カ所に整備された水汲み場

スイスをお手本にしたい点について

A.美しい景観の整備と保全

 今回の旅で立ち寄ったスイスの街や村では、観光が主要な産業になっているということもあり、その満足度を保持する意味でも最大の観光資源である「景観美」に大きな配慮がなされていた。名峰をいいアングルで眺められる場所には、それを遮るものは一切ない。周囲の建物の高さやその色や材質に至るまで独自のルールを設けて運用している。
みなかみにおいても谷川岳を美しく望むことができるいくつかのスポットだけでも電線と電柱を地中化することや、建物や広告物の色や形に規制があっていいようにおもう。観光で来た方がその場で写真を撮ったり、ただぼっーと山を眺めたり、眼の前に美しい山があることそれだけで旅の満足度は上がり、ブランド価値の向上にもなるはずだ。それらはすぐに住民の暮らしの質に反映されることはないが、美しい景観を整備しそれを保持し続けることは何十年も先の「観光のまち みなかみ」を考える際の試金石であり、今やるべきことの一つであることは間違いない(ハード整備は一朝一夕にいかないのでその気運だけでも)。

ツェルマットの整った景観美

B.観光高付加価値化と消費単価増

 スイスの旅で特に実感したのはハイパー円安も相まった物価の高さ。スーパーでの食料品や日用品の価格高もそこそこであるが、観光とそれに関するサービス料金の高さはなかなかであった。観光に関する仕事に従事している人の率が8~9割といわれるスイスの山岳リゾートにおいては、料金高の裏に住民の所得水準と生活水準の高さ(=物質的な豊かさ)と、稼ぐときに稼ぎ休むときに休み土地を愉しむ(=心の豊かさ)がある。高いことが悪ではまったくない。むしろ、高付加価値化によりコストを上回るパフォーマンスを提供するで旅の満足度を上げ、リピートを促進させることは王道。みなかみにおいてもツェルマットのように消費単価を上げる取り組みを推し進めることで、住民の暮らしの質も上がり、当地をますます誇れるようになり、ひいてはより多くのツーリストを世界から呼び込むことが叶うはずだ。その際に、ユネスコの登録(国際的な評価)を受けた「みなかみユネスコエコパーク」のアピールは重要な手段の一つになると考えられる。

ラウターブルンネンの道端にあったユネスコ自然遺産登録をアピールするサイン


スイスの旅が教えてくれたこと

 旅の記憶を掘り下げていくと、大きな感動があった分、熱を帯びてしまい、ついつい長くなってしまう。このあたりで総括していきたい。

旅の満足度と暮らしの満足度の関係性

 今回の旅のテーマは「スイスにおける観光高付加価値化」であったが、一日10~20kmを自分の脚で歩く中でそれを実現する住民の暮らしぶりを可能な限り見て回った。
ガソリン車の走らないツェルマットでは空気はクリアで街の騒音はほとんどない。夜に耳を澄ますと深々と降る雪の屋根や道路につく音がよく聴こえる。日中にはマッターホルンを庭の椅子や部屋の窓から眺めることができ(今回の旅では叶わなかったが…悲)、氷河に磨かれた繊細で良質な水をいつでも蛇口から飲むことができる。滑りたいときにスキーをし、登りたいときにハイキングをする。暮らしには心の豊かさがある。
もちろん、そんないいことばかりではないとおもうが、そのような暮らしを愉しむ人が多い地にツーリストの憧れが向かうことは確かだ。自らが暮らす地を本当の意味で誇れるようになると、観光の客数は増え、高付加価値化によって満足度も上がる。これこそが観光のまちとしていま目指すべき正の循環であるといえる。

 観光のまちに暮らしていると、世界中の人たちの旅に関わることができるという幸せがある。それをもっと鮮明に、まちの価値や魅力をもっと広く多くの方へ伝えること。そのための手段や手法を企てること。この役割をこれから担っていきたいと強く考えるようになった今回のスイス旅であった。了

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

<前編を読む>

Text & Photo : Kengo Shibusawa

We produced
■地のもの旬のもの「谷川岳の麓のおにぎりやfutamimi」
■水上駅前ブックカフェ「Walk on Water」
■町民ライタープロジェクト「ミナカミハートライターズ」
■クリエイティブバンクプロジェクト「ミナカミローカルクリエイターズ」
■みなかみ発ローカルメディア「GENRYU」 

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