ゲンロン・シラス燕三条探訪記──社員旅行1日目
はじめての社員旅行
Slackで「社員旅行の案内」が送られてきたのは昨年5月のこと。場所は11月の新潟県燕三条、それもシラシー(シラスのユーザー)のひとり「rankeigoo」さんが主を務める名宿「嵐渓荘」に泊まるのだといいます。自由参加の募集に対して、次から次へと希望者は集まり、ふくれ上がった参加者は総勢25名に。この大所帯で北陸の地へ乗り込むことになりました。社内では「旅行のしおり」が用意されたり、部屋割りが発表されたりと、さながら修学旅行のような雰囲気。旅行のしおり(PDF)をかたわらに当日を待ち侘びます。
出発当日の午前9:30──これは弊社の基準ではほぼ早朝──、誰一人遅刻することなく東京駅に集合した一行は上越新幹線に乗って燕三条駅へ。燕三条は燕市、三条市からなる地域で、刃物や鉄器などのものづくりが盛んなことで知られています。1日目は三条市で昼食をとり、同市の諏訪田製作所の工場見学をしたあと、こんどは燕市に移って銅器の工場を見学してから、ふたたび三条市に戻って嵐渓荘へと向かう予定。新幹線は2時間ほどで燕三条駅に到着。マイクロバスに乗り換えて最初の目的地へと向かいます。
内山農園
最初に到着したのは「内山農園」さん。燕三条駅から車で15分ほど南下した場所にある、三条市で11代続く歴史ある農園です。あたり一面にひろがるのは茫漠とした田園風景。「新潟に来たんだ」ということを実感させます。田んぼの一角に大きなビニールハウスがあり、そのなかで昼食をとります。ビニールハウスのなかでの食事ときくと、野菜を丸かじりするようなものを思い浮かべがちですが(それも悪くないのですが)、じっさいは大違い。まずハウスでは作物を育てておらず、地面には布製のシートが敷かれています。そこにSnow Peak(三条市に本社がある)製のイスとテーブルが並べられ、さらに各テーブルに添えられた一輪挿しには種々の花が活けられていました。さながらレストランのようです。当主の内山さんのガイドのもと、野菜をベースに趣向を凝らしたコース料理の品々を堪能しました。
食事もデザートに差し掛かったころ、内山さんが「かぶを食べませんか?」と提案してくれました。話によると、すぐ近くの畑でまだ土に埋まっているかぶを掘り出して、そのまま食べることができるのだとか。おそらくほぼ全員が満腹だったのですが、しかし採れたてのかぶを逃すわけにはいかない。快諾。ふたたびバスに乗って──これが農園の広さを物語ります──かぶを目指します。
畑に着いたわれわれは、土に敷かれた木の板の上をぞろぞろと渡り、各々が「これ」と決めたかぶを引っこ抜きます。個人個人がおのれのかぶを引っこ抜く光景は、まさに現代版『おおきなかぶ』。畑の脇にあるタンクの水で土を流して、そのままがぶり──。あまりにみずみずしい、あまりにジューシー。たいへん驚きました。かぶ特有のえぐみが一切なく、ほんのりと甘みを感じます。まるで果実を食べているようでした。最後に手元に残った茎の部分は、内山さんご指導のもと近くの土手へ投棄(土に還って肥料になるのだとか)。五感を目一杯に使って味わうコース料理でした。
ここで余談ですが、バスへと戻る道すがら、内山さんは遠くに見える山を指差して「じつはあの山はスカイツリーと同じ高さなんですよ」と言いました。それを聞いたわれわれはごく素朴に「スカイツリーってすごいな(山と同じ高さなんて)」と思ったのですが、それを内山さんに伝えると、彼は苦笑しながら「東京のかたはそう言うんです」と続けます。そして、「これを地元のひとに伝えると、『へえ、あのスカイツリーと同じなのか。それはすごい。』というんですよ。反応が逆なんです」と言って笑いました。なるほど、「山がすごい」という見方もあるのか。
たしかに見知った地元の山が、かのスカイツリーと同じ高さなのはすごい、という感覚もわかるような気もします。しかしやはり、山は山で、タワーはタワーなのだから、べつに高さを比べなくたっていいのではないか。前者は大地が隆起してできて、後者は人間が金属を組み上げて作っているのだから。そんな問いもかすかに残ったのでした。
玉川堂
農園をあとにした一行は、三条市の諏訪田製作所の工場見学に寄ったあと、燕市にある鎚起 鉄器の工場、「玉川堂」に到着しました。鎚起とは、銅板を金槌で叩きながら立体的に成形していく技術のことで、玉川堂ではこの技術を用いた食器などの日用品を作っています。工場といっても、その建物は国の有形文化財にも登録されている歴史あるもの。畳の広間のなかで金槌を持った職人さんたちがコチコチと銅板を叩いており、工場というよりは工房と呼ぶほうがしっくりきます。
工場見学では、職人さんの案内のもと、じっさいに銅板を金槌で叩いていく工程や、銅を加熱して柔らかくする作業などを実演していただきました。職人さんの話では、鎚起鉄器は人間が一打一打金槌を振って成形するので、完成までにとても時間がかかるとのこと。そのぶん高価にもなってしまいます。ただ、叩いたことによってできる模様や、製品の耐久性は、鎚起鉄器のなににも代えがたい魅力なんだとか。工場ではひと部屋が販売も行うショールームとして割り当てられており、鎚起鉄器のタンブラーや靴べらを買い求めるスタッフもいました。コチコチと鳴り響く金属音をあとにして、一行は宿へと向かいます。
嵐渓荘
午後6時前、ついに嵐渓荘に到着しました。燕三条駅から40分ほどの山奥にあり、あたりはもう真っ暗です。ライトアップされた建物(これも有形文化財)のすがたは、まさに秘境の温泉宿といった雰囲気。各々の部屋に荷物をおき、一息つく間もなく広間で「研修」が始まりました。これぞ社員旅行といった光景です。
研修が終わるとすぐに夕飯です。──これが絶品でした。地元の山菜を使った前菜にはじまり、鯉のあらい、茶そば、きのこ鍋、かぼちゃグラタンに栗ごはん。デザートには抹茶プリン。一品一品にひと工夫を感じる、幸福あふれる夕飯でした。食事を終えたら、それぞれ温泉に入ったり、部屋でゆっくりくつろいだり。そして、そのうちに二次会がはじまり、だんだんと夜はふけていき、この旅行はそのままシームレスに2日目へと繋がるのでした。(2日目につづく)
(江上拓)