【鹿島茂のN'importe Quoi!シリーズまとめ】家族人類学入門──トッド理論の汎用性
家族人類学入門──トッド理論の汎用性
シリーズ概要
エマニュエル・トッドが創始した家族人類学を応用することによってどのような研究が可能になるのかを探ります。
トッドは『第三惑星』で、従来、三分類と考えられていた家族類型はむしろ四つに分けられるべきだと主張し、親子関係(親夫婦と子供夫婦が同居するか別居するか)という縦軸と兄弟関係(遺産相続において兄弟は平等か否か)という横軸とによって構成される四象限のマトリックス(①イングランド型の絶対核家族、②フランス・パリ盆地型の平等主義核家族、③ドイツ・北欧型の直系家族、④ロシア・中国型の外婚制共同体家族)をつくってみせましたが、問題は、トッドがこの四つの家族類型はそれぞれ現代における支配的なイデオロギー(①競争原理に基づく自由主義、②機会平等に基礎を置く共和主義、③最終的にはファシズムに行き着く可能性のある保守主義、④一党独裁型共産主義)に対応していると説いたことです。われわれはこれをトッド第一理論と呼ぶことにします。
このトッド第一理論は発表された当初、マルクス主義人類学者をはじめとする多くの学者たちから「トンデモ理論」扱いされましたが、一方ではルロワ・ラ・デュリやル・ゴフなどのアナール派の歴史学者たちから強く支持されて、賛否相半ばするという形勢でした。しかし、時間がたつにつれ支持者が増え、いまではマルクス以来最大のグランド・セオリーではないかと見なされるに至っています。
しかし、その一方で、トッド自身は『第三惑星』で立ち上げた自分の理論の不十分性にかなり自覚的でした。とりわけ、四分類の全地球的マッピングによってあらわになった分布図の意味するところが理解できなかったため、『第三惑星』の最終結論において次のように断定したのです。
「諸家族構造の配置が示す一貫性の欠如は、それ自体ひとつの重要な結論なのである。この一貫性の欠如は、社会科学によって疑わしいものとして捉えられているが、遺伝学によって次第に認められてきたあるひとつの概念を想起させるものである。つまり偶然という概念を」
ところが、『第三惑星』を献呈されたトッドの友人である言語学者ロラン・サガールから、周辺地域の保守性原則(言語は言語的中心地域から新しい形が生まれるので、中心は変化を被りやすく、逆に周辺にいくほど古形が保持される)を知らないのかと指摘されて驚愕し、自分の理論を一から総点検することを決意します。
その成果として書かれたのが『家族システムの起源』という本で、トッドはアメリカ人類学、とりわけロバート・ローウィとピーター・マードックの家族人類学をヒントにして新たに居住原則(父方居住、母方居住、双処居住)という基軸を導入して家族分類をやり直します。その結果、四分類は十五分類となり、その十五分類が地球上にマッピングされることになったのですが、この『家族システムの起源』が真に革新的なのは、そうした新しい分類法の案出というよりも、この分類法によって明らかになった新しい事実です。
それは、「歴史は地理から復元できる」ということです。われわれはこれをトッド第二理論と呼びたいと思います。すなわち、トッドはユーラシア大陸の最周辺部には最もアルカイックな一時的双処居住を伴う核家族が広く分布しているのに対し、中国やロシアといったユーラシア中心部には外婚制共同体家族がドンと居座っているという分布図を見て、歴史とは、ベクトルを持つ二つの過程の合計であると理解したのです。
第一の過程とは、先史時代の残存である「一時的双処居住を伴う核家族」が、ユーラシアの中心部において数段階を経て「直系家族」へと変化し、さらに別の要因が加わって「外婚制共同体家族」という最新家族形態へと練り上げられていくまでの過程(先史時代から中世まで)です。
いっぽう、第二過程とは、ユーラシア中心部における革新として成立した「外婚制共同体家族」が周辺に伝播していきながら、結局、周辺部にまでは届かなかったために、その間に、ある辺境地域(具体的にいうとイングランドとパリ盆地)において「一時的双処居住を伴う核家族」が少しだけ変化して絶対核家族と平等主義核家族となり、この二つの家族類型の民族が世界の政治的覇権を握って拡大したため、家族類型から発するイデオロギー的影響が周辺部から逆ベクトルによって中心へと及んでいったという過程(近代)です。ひとことでいえば、ユーラシアの地理を周辺から中心部へとたどれば先史時代から中世までが概観でき、次に中心部から周辺部へとたどってから次に周辺部から中心部へと折り返せば近代がフォローできるという意味において、歴史は地理に残された痕跡から復元できると結論できるのです。
この新発見は、われわれのような歴史ファンにとってはとてつもない大発見のように思えます。というのも、これを武器にすれば、それまでどうしてもわからなかった多くのことがわかってくるからです。しかし、より重要なのは、その解明に当たって新たな歴史素材として神話と文学作品が急浮上してきたという事実でした。
ではなぜ、神話と文学作品が歴史素材として用い得るということになったのでしょうか?
神話や文学作品は、ほとんどすべての点でフィクションである可能性があるにもかかわらず、家族という一点においては現実を反映しないわけにはいかないからです。神話の共同的作者も、また文学作品の作者も、家族は一種類しか存在しない(すなわち自分の知っている家族類型しかない)という思い込みに基づいて作品を構成しているため、この一点においてはウソをつくことができないのです。一つしかないものについては人はウソをつけないものです。
というようなわけで、トッド第二理論は、第一理論にも増して汎用性の大きな理論となっているのですが、その可能性を指摘したテクストはさしあたって見当たりません。そこで、この集中講義においては、トッド理論の輪郭を示すと同時に、どのように二つの理論を用いればそれが比類のない武器となりうるかについて考えていくことになるでしょう。
汎用性ということが中心になりますので、あらゆるジャンルの方が参加されることを求めます。
放送URL
→おさらい記事:https://note.com/genron/n/n30211453bd8a
→おさらい記事:https://note.com/genron/n/n946470a7f358
→おさらい記事:https://note.com/genron/n/n13a7b7c33323
→おさらい記事:https://note.com/genron/n/na4eff1d86dc5
→おさらい記事:https://note.com/genron/n/ncbdb1a447f8f
→おさらい記事:https://note.com/genron/n/n4055612e3a5d
鹿島茂のN'importe Quoi!は、放送プラットフォーム「シラス」にて、毎月第2・第4火曜日の19時から放送中です!ご参加、お待ちしています!
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