ノーマライズ

「そもそも肉体なんてもののが本質的なわけでね」
 どこからどう見てもペンギンにしか見えない、それも家庭サイズの冷蔵庫くらいの大きさをしたそれがパクパクと嘴を動かす。声とその動きがずれているように、僕には思えるのだけれど、それもあれこれいかにもありそうな理屈で言いくるめられそうなので、ここは黙ってそいつの話を聞いとくことにする。
「人間を例にすると分かりやすいんだけどね。彼らは意識というのが自分らだけに特有のもの、下等な動物たちには存在しないものだ、なんて思ってるらしいけど、それは違う。オケラとかアメンボとかミジンコだって、みんなみんな生きているんだってやつらにはいつの間にかくっつくの、意識って。静電気に寄ってくる埃みたいなもんだから、あいつら。どっちかって言うと、ゴミなの、不要なの、なのに変だよねえ、人間ってそれこそが主だとして、自意識とか言って大切にしてる」
 ニヤニヤしながらペンギンが口パクしている。口を開くたびに南極の冷たい風が吹きつけてくるような気もするけれど、ま、多分それは気のせい。なんとなくフライドチキンめいた匂いがするような気もするけれど、お腹がすいちゃったからな、ケンタ行くかな。
「分かりやすく『精神』ってことにしちゃうけど、それってさあ、情報が交差したところで起こる温度差みたいなものだから、別に生物でなくてもそれこそ鉱物のような動かないものやら寄せては返す波の動きなんてものにもいつしか宿るのよ、不思議でしょ?」
 ぴょんぴょんと嬉しさを隠せないかのように軽く飛び跳ねるのだけれど、サイズ的には軽く一メートル以上は宙に浮いているので、当然着地の際の衝撃はなかなか大きくて、この安アパートの床の薄さが悲鳴を上げてる、助けを呼んでる、あ擬人化って意識の問題なの?
「精神はね、」
 パリッと床を踏み抜いて、体制が斜めにかしいだ形でペンギンが得意げに鼻を鳴らす。「ぷよぷよみたいな感じ? 分かる?」
 良く分からない。
「ぷよぷよしてるからくっついたり離れたり、おっきくなったり小っちゃくなったり自由自在、分かる?」
 分かる気がしない。
「人間のそれもペンギンのそれも氷の結晶のそれも変わらないってこと。分かった?」
 さっぱり分からない。
「でね、今この地球上で一番おっきな精神ってのは南極の氷なんだけど、あれ、最近融けてるでしょ、だからあの辺の生き物にどんどん合一化してってるってわけ。水に宿ると薄くなっちゃうからね。ね、そういうことなんだよ」
 分かるわけがない、だってあたしは猫だから。
 にゃっと叫んで、ペンギンの身体をよじ登り、その黄色い頭ににゃにゃにゃにゃにゃと連続猫パンチ攻撃!
 すると少しずつ、爪の間から浸みてくるように何か別の自分が、あるいは巨大な自分の一部分のような何かが私の根幹から再構築を促し、少しずつではあるが着実に私は世界の真相について物語れるようになるのだ。
 猫も杓子もみんな一緒。
 第一番の座右の銘。
 ということにするよ、これから。

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