げんなり

日本SF読者クラブ会員番号0002番。

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最近の記事

悪いことはしちゃだめ

 連絡にあった通り、通用口にカギは掛かっていなかった。Mは作業用グローブを嵌めた手で扉を押し開け中に入る。Gも続き、同じような手袋の手で静かに扉を閉めた。都下の農家、午前三時、誰何されることも警報が鳴ることもなかった。  石を敷いた車寄せは大きく左へカーブしているが、玄関へ繋がるのは通用口から伸びるコンクリートのアプローチだった。二人は迷うことなく歩を進め、玄関わきを通り過ぎると建物沿いに四間ほど奥に到着する。腰ほどの高さの植え込みの上方、引き違いの小窓がある。Mがスマホの画

    • 三浦じゃないし山田でもない

      「三浦、だよな? 俺だよ、俺、懐かしいなあ」  後ろから声をかけられ、私はしみじみと相手の顔を見つめた。丸顔で目鼻の作りは整ってはいる。もう少し身長があれば随分ともてるだろうと、そんな感じの男だった。  銀行での用を終え、通りを渡ろうとした時のことだ。 「山田?」  試しに言ってみた。 「そうそう、おれ山田! 何やってんのこんなとこで、久しぶりだなあ、もう、あれ、何年になるんだ? 時間ある? お茶しようぜぇ」  と、馴れ馴れしく肩を組もうとするその手を避けて、それでも暇つぶし

      • 野蒜文学賞への覚書、ほか

         また意識を失っていたようだ。私はこの観察室のベッドの上で横臥している自分に気付く。天井を見上げる。そんな私の微かな動きを感知したのか、天井や壁面上部が照度を上げ、室内が明るくなる。とは言え、見るべきものは特にない。快適だがこじんまりとしたサイズのベッドと、食事の時のトレイほどの大きさの机と意趣を揃えた椅子、どういう仕組みか、現在は壁の中にしまわれているサニタリースペース、窓もドアもなく、余計な凹凸のないこの部屋は清潔で快適で無味無臭で、そしてとてつもなく非人間的だ。  初め

        • ノーマライズ

          「そもそも肉体なんてもののが本質的なわけでね」  どこからどう見てもペンギンにしか見えない、それも家庭サイズの冷蔵庫くらいの大きさをしたそれがパクパクと嘴を動かす。声とその動きがずれているように、僕には思えるのだけれど、それもあれこれいかにもありそうな理屈で言いくるめられそうなので、ここは黙ってそいつの話を聞いとくことにする。 「人間を例にすると分かりやすいんだけどね。彼らは意識というのが自分らだけに特有のもの、下等な動物たちには存在しないものだ、なんて思ってるらしいけど、そ

        悪いことはしちゃだめ

          カレーVSラーメン

           地球といえばプレインヨーグルトなわけだけど(©️梶尾真治)、五目あんかけは何だろうという話になったのだ。  たっぷり野菜に豚肉、えびイカ、片栗粉でとろっと仕上げたあれですね? カタ焼きそばにのってるやつ。  は? ご飯だよ、ご飯、乗ってるのは。天津飯!  え? タンメンの上に乗ってるあれでしょ、五目あんかけラーメン?  まあまあ、落ち着いて、いずれも中華な感じ、ラーメンの範疇ですな。  は? 何言ってんの? カレー風味の五目あんかけ、これが最高! カレーの最終兵器!  シ

          カレーVSラーメン

          曲芸飛行

           事務用椅子に座らせられ、背もたれに後ろ手に縛りつけられながら、その老人は眠っている。上半身は裸で、生白く突き出した腹部が時折膨らむ。さるぐつわの隙間からこぼれ落ちたよだれが乾き、LEDランタンの白い光の下で、そこだけとてつもなく清潔な、始まりのころから生きるものなどなかった地平のようにうっすらと輝いている。排泄物に汚れた下着はそれでも思ったほどの臭いもない。雑居ビルの一隅、悪臭のクレームが来ることもない。  ただ一つの窓を開け放ち、そうすると少しだけ風が流れる。この部屋の中

          キャバクラに行きたい

           わはは、ラッキーだね。誰のだか分かんないけど、お気の毒さま、こんなに分厚いお財布おっことしちゃって、ホントついてないよね、拾ったこっちはラッキー最強、おかげでこれから飲みに行けちゃうもんね。  こないだ先輩に連れてってもらったキャバクラ、何だか気に入っちゃって、二か月前くらいか、ずっとまた行きてえなと思ってて、先立つものはとりあえず無いは、優しい先輩は会社の経費の使い込みがばれて遠い小島に流されちゃうやら、このご時世でボーナスも当てになんないし、しばらく行くことはできないだ

          キャバクラに行きたい

          走る!

           廊下を走るな。言われてるけどさ、走るよね。  前を見てもずーっと同じような景色、左に校庭、右に教室の窓、あ、はっきり分かるわけじゃない、なんとなく記憶にあるような、昔見たような、あれ、もしかして、夢かなこれ、そう思いながら走る走る!   多分ずっと走っていて、だから肺が焼けるように熱くて、ハアハア荒く呼吸してるのに、頭ン中、酸素は足りてない。こっちでいいのかな、目的地、方向はあってるのかな、思うのだけど、ただまっすぐな廊下がずっと続いている。だから、とりあえず前方へ、だって

          田島君のこと

           田島君はいつも突然に訪れる。すっかり忘れかけている頃に来るものだから、いつも「失礼ですけど?」という冗談のようなやり取りから僕たちの交友関係は再開されるのだ。  『新潟の美味しいものキャンペーン』に応募して一等賞の新之助60kgが当たったのであった。届けられたその米俵を見ながら、僕は少し困っていた。ひとり暮らしの僕のアパートには炊飯器がない。そもそも自炊することなど念頭にないので、鍋とか皿とか、包丁まな板、そういったものが一切ないのだ。当たるとしたら日本酒のセットの方がよか

          田島君のこと

          新マンのこと

           ついこないだ、コロナのせいですっかり足の遠のいた都心の特撮ショップに出かけた時の話。  ウルトラマンジャックとか宇宙怪獣とかのソフビをチェックしてのだけど、いまひとつピンとくるものがない。せっかく来たのでなんか買っときたいなと思いつつ、焦って選んでも失敗しそうなので、ひとまず店を出て、腹ごしらえをすることにした。  昼飯ごときに予算をかけるつもりは毛頭ないので、コンビニで一番安いカップ麺を買う。お湯を注いで三分間、駐車場の片隅に胡坐を組んでふたを取り、そこで初めて割り箸をも

          新マンのこと

          終わりよければ最高!

           頭が割れるようだった。昨日の失態を思い出しながら、キッチンへ行き、蛇口に口をつけて水をがぶがぶと流し込んだ。下らねえ仕事に下らねえ奴ら、いっそぶっ殺しちまえばせいせいしたはず。あんなことが起きるなんて、誰に予測できる? 俺のせいじゃねえだろ、誰にも防げねえよ、あんなアクシデント。 「あら起きたの? 何があったのか知んないけど、アタシの身体にぶつけないで欲しいわね、もたないわよ、ホント」  二週間ほど同棲している女がにやにやと笑う。  けっ、名前も覚えちゃねえけど、のけぞった

          終わりよければ最高!

          ステキな日曜日

           柔らかな陽の光に心のひだを洗われて、そうして僕は眠りの淵から浮かび上がるのだ。 超絶肌触りの良いシルクのシーツを口元まで被り、完璧に首の角度をキープしてくれる自分専用のふかふかピローに疲労を溶かして、つい数時間前までのハードだがやりがいのある、まさに人類の未来を左右するかのような任務についての記憶もしまい込む。今日は日曜日、ホリデイだ、しっかり休めと神様も労働基準監督署も言っている。  クイーンサイズのベッドには僕だけしかいなくて、もう妻は朝食の支度を始めているのだろう。お

          ステキな日曜日

          がっちがち

           ヤッホー、おれは銀行強盗だ、はじめまして。正確に言うなら、これから銀行強盗になる、あるいは銀行強盗鋭意準備中の男、それが俺だ、カッコいい。銀行提携のパーキングに車を入れて、精算機から駐車券を出していざ蒲鉾、駅前の銀行までの道筋はいつものようにひとヒト他人で溢れてて、そうかそろそろ師走だしみんないろいろ忙しいんだよなと、自動ドアの前に立つ。ボディバッグをくるりと回し、中から取り出すプリングルズ、二の部分は不思議な光のシールドみたいで逆さにしても中身は落っこちないけど、ゆっくり

          がっちがち

          あんたには分かんない、から、ん?、まで

          あんたには分かんない、女は言った。 今なんて言った?、男が笑う。 うまいな、これ、シロノワール、と喜ぶ僕。 えらく混雑したカフェこめだ。 女と男と、隣の席には人間ウォッチングの著者の耳。 勝手に仕事辞めちゃって、何考えてんのよ! きっつい顔すんなよ、可愛い顔が台無しだよ。 くりとお芋のロールケーキ! 今朝からこもって書き物してる。 今夜が〆切、あとがない。 さっきだってそう、と女が言って、 知らねえよ、そんなの、あいつのせいだろと男が答える。 スイーツばっかり食ってるなと

          あんたには分かんない、から、ん?、まで

          こんな僕にも彼にょができました!

           彼女の目は琥珀のようにやさしく輝いている。瞳孔は猫のそれのように縦長で、きっと神秘的な力で僕の心の中までお見通しなんだと、そう思えてならない。 (お前の姿はぼんやりとは見える。心はその幾倍も鮮明に思い描くことができる)  彼女の思いは僕自身の感覚よりももっと僕自身の核に近いみたいな感じがして、とても不思議な気持ちになる。ぼんやりと聞いているラジオ放送で、突然有名DJが名指しで僕に語り掛けてくるかのような、しかもとっても親密に小さな思い出話をするような、そんな感じ。驚いたり妙

          こんな僕にも彼にょができました!

          相撲の袈裟固め

          「ごめんね先輩。だから無理」 そう言って白川はきゃぴんと首を傾けた。ふられた直後だというのにその可愛さに、にひひとなって、「そうなの? 全然、謝んないで」、オレは笑顔を作って言葉を返す。  昼休み直後の文芸部の部室、新館と本館の間に渡された二階の通路の端の方に、簡単に仕切られた文化部の各部室が並んでいる。その列の中ほど、ESSと演劇部とに挟まれたパーテーションの中にオレたちはいた。遠くに蝉の声がする。もちろん学生たちの声ももわんもわんと聞こえてくる。暑いな夏だな、青春だな、ふ

          相撲の袈裟固め