物語の在処、そこにある物語

「新月の夜、大気中にすっかり月が溶け込んで、世界中の半分の国々が一番濃厚な闇に満たされる時」、彼女の  静かに反響して、何度もぼくの  を洗っていく。そうしてぼくは、少しずつ新しい  になる。
 ぼくの根 に彼女の が強く優しく絡まる。時にハーモニーを時に不協和音を奏でながら、そうして彼女はぼくを   しまう。猫の舌のような彼女の吐息、ざらざらと舐めとられながら、ぼくの意識は遠くなる。
 焦燥感にも似た   果てのほんの手前で、何故だかぼくは確信する。洞窟の奥の暗闇で人知れず鍾乳石が育っていくように、新しいぼくが今、形作られてることを。ため息のような一瞬、  ぼくの  が立ち上がる。
「ごめん。ぼく初めてなんだ。どうしたらいいのか、よく分からない。それに、ほら、目が見えないから」、なんて情けない   ぼく、   口に出した瞬間に、新しいぼくがさっきまでのぼくを激しく  する。
 子供の頃の事故の後遺症で光を失ってしまってからずっと、ぼくは塗り込めたような闇の中を生きてきた。自分で自分を闇の色に、なんとなくそうだと思っていた単純な黒い色の中に閉じ込めてしまっていたのだ。
「だからね、新月の夜が一番きらきらとしているの。太陽の色を少し薄めたような暗闇だから。満月よりも明るいの」、彼女が   の中をこねている。温かく湿ったような音がする。   ぼくの心をつかんで離さない。
 甘い香りがした。彼女がふうっと息を吐く。思いがけず       頬のすぐそばに感じられ、少しうわずったような彼女の声が聞こえる。「ほら、こんな風に」、導かれながら、ぼくはおずおずと手を伸ばす。
「あたたかい、そして甘い匂いだ」、堪えきれずにぼくが   「あ、駄目、そんなに強くしないで」と、彼女はぼくの手を押さえた。長い爪が手の甲に強く擦れ、反射的にぼくは手を引く。皮膚が裂け、生暖かいものが湧く。「あ、血が入っちゃう」、どこか面白がるような彼女の声、そして、手の甲に一瞬温かく悪戯な感触が踊って、「うふふ、本当だ。少し甘い」と、ぼくの耳元で囁く、その吐息は熱く、ぼくは瞼の裏に薄い満 を  出す。
 激しい痛みを左の耳に感じ、その  あとに、急激な身体のだるさ、しかし決して不快ではないそれに包まれる。ぼくの だろうか、少し生臭い感じがした、彼女がぼくの耳をもう一度噛んで「少し待ってね」と言う。
      と思いながら、彼女との出会いを思い返す。満月の夜、ぼくは誘われて、新月の夜、ぼくは失っていた全てを取り戻す。薄い満月は暖かな色に変わり、脈動し、やがて新月の闇としてぼくの中へ広がっていく。
「  、こんなに長くなってる」、彼女の吐息がぼくを  ぶり続けて、だからそのままぼうっとなって、4回爪を立てられて、そうして4回ずつ切り取られ、手のひらで優しく転がされ、そうして仕上げに軽く  れた。 ぼくはそれを彼女の  で聞いた。ぼくの中は彼女の で一杯だった。自分の血潮の ですら、今では彼女の だった。彼女の悦びですらぼくの肉体を走り回り、だからぼくは、ぼくの  で彼女を満たしたいと思う。
 しかしぼくの  は色のない  。光もなく、だから本当の闇ですら分かっているのか心許ない。彼女を満たす   自分の中でもひたすら空虚で、ただ貪欲に思いを  続けていくだけ。
 煮えたぎる透明さの中にぼくは自らの  を放り込む。一つ、二つ、強く入れすぎて、「熱い」と彼女が小さく叫ぶ、三、四、五回と優しく入れて、十回まではゆっくり   。それから五回は無我夢中、そうして最後。
 その坩堝の中、白い滑らかな    が浮き沈みしている。今ここにいるのとは違う何かに    としている。ぼくは思わず手を伸ばすが、彼女は「だめ、まだよ、まだよ」とうわごとのように繰り返す。
 その声のか細さにぼくはたまらない感情をいだく。愛しさが声よりも早く彼女を捕らえ、ぼくはその首筋に口づける、まるで闇の住人のように、一点の躊躇も後悔もなく、強く噛む。
 そこは熱い飛沫にひっそりと濡れたままで、それは先ほどのぼくの性  のせいだと思いながら、そう言えば彼女の髪型ですらぼくは知らないのだと、絶望的な気持ちになって、ぼくは柔らかな毛の流れに指を遊ばせる。
「新月は命をもたらすの、本当の命の形を」、そういう言葉が聞こえた気がする。獣じみた  の匂い、むせかえるような野生の臭いが、ぼくの中のどこか遠くで警報を鳴らす。近寄るな危険近寄るな危険、きけん、きけん。
「闇の中に浮かび上がるのが本当の姿。視力以外のもので、どう、見えるでしょ? 私の姿、どう見える?」、荒い息の合間に彼女の掠れた声が埋もれていく。「見て。私を、見て」と、声が小さく悲鳴めいていく。
 しっとりとつややかに光る白い丸みに、ねっとりと粘ついた甘い蜜をかけてやる。いつまでも終わらない永遠のような一瞬を、このぼくの欲望の果てるまで、いつまでも終わらない新月の闇の中、ぼくは噛みしめる。

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