爺さんの長電話
かなり前に書いた文章が出てきた。こんな文だった。
◆
今日も相変わらず隣町にある定食屋でアルバイトをしていた。客の入りは大したことない、もっと言えばカウンター席で電話をしている爺さん一人しかいない、穏やかな日だった。最近は、作業の合間の軽い雑談もする暇が無い忙しさが続いていたので「偶にはこんな日も良いですね」と店長に言ったら、「いやあ。困るよ」と嗜められた。
銀食器を布巾で磨きながら、爺さんの電話に耳を傾けた。こんな事を言っていた。
「僕は、昔ハローワークに十年も勤めていた事があるんだ。そこで沢山の人の相談を聞いたよ。そして君に合っている仕事はこれじゃないかなと紹介したりするんだな。そう、そこで僕が世話になったのは、専用のチェックシートなんだな。事前に決められた質問を相手に答えてもらって、それを分析したものを手元に相手との対話を進めて行くんだ。これが中々馬鹿にならない。沢山のデータを基に作られた質問だからね、当てになるんだよ。どうだろう、君も受けてみたらどうだい。別にハローワークのでなくとも、リクルートとか、他の大手企業のもので良いんだ。大手にはそういうもんが必ずあるもんだから受けてご覧よ。別にその通りに就職しなければいけないって訳じゃあない。ただの経験さ。経験するだけならばタダだし、経験したら思うこともあるかも知れないだろう。そう、そうだよ。受けてご覧よ。その際に僕から言えるアドバイスは一つ、正直に答える事。ここで見栄を張って嘘をついても、機械には分からないし、君の為にならないからね。何か話したい事があれば家に来なさい。僕も家内も時間だけはあるんだから。明後日?うーん、分かった。多分大丈夫だと思うが念の為、後で家内に、そう、婆さんに確認の連絡をさせるから。うん。じゃあね」
電話を終えた爺さんに話を聞いてみると、お孫さんと電話をしていたという。お孫さんは大学を卒業してアメリカに留学をしていたのだが、コロナのお陰で急な帰国が決まり、急な就職活動が始まり、とても戸惑っているという。
「少しでも力になれると良いんだけどねえ」と言う爺さんに「きっとなれますよ」と店長が言った。爺さんは鮭の西京焼き定食を平らげて緑茶を飲んで帰った。
◆
文章はここで終わっていた。読み終えて、そういえばこんな事もあったなと思う。もう季節も大分変わった。店のメニューも変わった。今鮭の西京焼き定食は無く、代わりにあるのはサバの文化干し定食だ。最近は色々変わる毎日だ。爺さんのアドバイスは上手く働いただろうか。