難しい事は考えたくない
今朝、隣に住む爺さんと朝飯を共にした。二人して近所のジョナサンへ自転車を走らせた。
僕は欧風ビーフカレーを、爺さんはベーコンエッグとトーストのセットを頼んだ。どちらにもドリンクバーが付いて来たので、僕は珈琲を、爺さんは紅茶を飲んだ。そのまま少し寛いで話した。
「歳を取ってくると認知症の振りをした方が楽かも知れないなあ」と爺さんが言った。
「何故です」僕は尋ねた。
「お皿を割ったとする。家族の人は何で割るのよと怒る。だけど認知症だったら家族の人も諦めてるから割っちゃ駄目でしょと優しく言うだけ」
「怒られたくないんですか」
「怒られたくない。怒られたくないし、難しい事を考えたくない」
「あまり考え事をしないとなると、物忘れとか多くなりそうで僕は怖いな」
「考え事をすると疲れちゃう」
「考えるのって力要りますもんね」
爺さんはトーストをナイフで雑な四等分に切り分けてから、一つずつ摘んで、目玉焼きの黄身をまぶしたり、紅茶に浸したりして食べている。口の横に黄身がこびり付いていますよと教えてあげた。爺さんは紙ナプキンで口元を拭うが、付いている方と逆の方ばかりを拭うので全く取れていない。逆ですよと教えてあげた。今度は綺麗になった。
食後に美味い珈琲を飲もうという話になった。ジョナサンを切り上げ、これまた近所の小さな珈琲屋さんへ自転車を走らせた。そこはカフェの趣ある店だった。店内の殆どは大きな窓ガラスに囲まれており、外の光が良く入る。他に客も居なかったので大きめの席を陣取った。僕はカフェラテを、爺さんはブレンドを頼んだ。然しブレンドは無かったのでアメリカーノになった。
「アメリカーノは元々アメリカワンと言うの」と爺さんが雑学を教えてくれた。
「へえ、そうなんですか」と僕は返した。
「昔、叔父さんが言ってたの。『アメリカーノじゃない!アメリカワン!アメリカワンだ!』って教えてくれたの」
机の真ん中に六面のルービックキューブが置いてあったのでやってみた。全然上手く出来なかった。爺さんにやりませんかと勧めてみたが、爺さんが「難しい事は考えたくない」と手も付けなかった。確かに難しかった。結局、二面も揃えることが出来なかった。
家に帰って教えて貰った雑学を検索してみたが、見当たらなかった。最後につまらない事しちゃったなあと少し後悔した。