実は中国の半乾燥地域は生物多様性のホットスポット!? by 藤沼潤一(Tartu大学・GEN世話人)
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これまで、乾燥地域の自然再生では、炭素吸収や水源涵養の生態系機能が主に意識されてきました。森林が再生されなければ不毛の地のようにも見える乾燥地ですが、今回紹介する論文から、実は意外と生物多様性が……
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【生物多様性ホットスポットの重要性】
地球環境問題は、気候変動と生物多様性危機の2つが絡み合って進行しています。人間を含む全ての生き物はお互いに緻密に作用し合って“自然の恵み(生態系サービス)”を提供しており、人間社会もこの自然の恵みなしでは存続できません(衣食住楽 etc.)。人間社会は人新世(Anthropocene)と表現される1つの地質年代を刻み進め(図1)、第6大量絶滅と呼ばれる、地球誕生以来の記録的な規模の種の絶滅が始まっています。このことから自然の恵みの源となる生物種の絶滅をできるだけ阻止することが、気候変動の緩和と並ぶ緊急課題として捉えられています。特に生物多様性が高い地域や特殊な生物群集を維持する地域では、小さな規模の人間活動(汚染・撹乱・収奪)でも、他の地域と比べて、より多くの種やレアな生物多様性の損失につながることから、生物多様性ホットスポットの保全再生がとりわけ重要とされています。
【中国黄土高原の植物種多様性は……】
中国内陸部に広がる半乾燥地域の黄土高原では、90年代以降、大規模に自然再生が行われており、特に、炭素貯留や水源涵養としての森林の機能が期待されてきました。緑の地球ネットワーク(GEN)も30年間にわたって黄土高原の自然再生を、多くの専門家が関与することで技術的にリードしてきました。しかし、地球スケールで見ても生物多様性ホットスポットとして貴重な地域だったとは、誰も意識してこなかったと思います。昨年Nature Communicationsに発表された論文が、これまでの認識を覆しました。
【生物多様性を見る視点を広域から局所へと変えると……】
これまで、全球という広域スケールでの生物多様性研究では、100 km × 100 kmのような広大な地域を観測単位として設定し、地球スケールでの生物多様性の分布パターンが議論されてきました。このような広域的な視点から見ると、熱帯地域が最も高い生物種の多様性を示し、物理的な環境(冷温・乾燥・変動幅… etc.)が厳しくなるほど多様性が低下するパターンは非常に明瞭です。そして、これは100 m × 100 mや10 m × 10 mのような、より細かい空間スケールで観測しても同様だろう、と無意識に理解されていました。Sabatini et al. 2022 @ Nature Communications が発表した生物多様性の推定地図によると(図2)、3.2 m × 3.2 m(10 m2)や10 m × 10 m(100 m2)のスケールで推定した維管束植物の種の多様性は、黄土高原地域で非常に高い値を示しており、世界的トップ地域を100とすると、黄土高原地域は95以上にランクインする健闘ぶりです(まさにホットスポット)!! 森林生態系として見た場合でも、黄土高原の一部の地域はホットスポットに区分されています。
【局所的な生物多様性の特徴と今後の課題】
10 m × 10 mで見た場合には非常に高い多様性だけれど、視点を100 km × 100 kmのような広域に引いた場合には、世界平均か、それよりも低い多様性になるというのは、どうしてなのでしょうか? 単なる数字のからくり?? そんなことはないです。このようなパターンが生まれる主な理由として次の3つが考えられます。1つ目は、ある程度の頻度と規模で撹乱される(放牧や野火…etc.)草原植生のもつ特殊な種共存のメカニズムによって、局所的により多くの種が同居できるという現象です。2つ目は、森林と草原の両方の要素が植生の複雑さと種の多様性を高めるという現象です。そして3つ目は、広域で低い多様性になる理由として、黄土高原の中〜広域スケールで見た場合の植生の単調さです。10 m × 10 mではさまざまな種が共存していても、隣の土地も、100 km離れた土地もあまり変わり映えのしない同じような植生が成立するような状況では、広域で見た場合の種の多様性は高くならないのです。
今後、黄土高原の自然再生を考える上で、このような局所スケールでの生物多様性のホットスポットという特徴を十分に考慮する必要があるといえます。自然再生や、特に森林再生をおこなう上で、歴史的に維持されてきた草原植生の“在来” の種組成と思われる植物群集をモザイク的に再生するなど、さまざまな工夫が求められていると思います。
【参考文献】
Sabatini, F. M. et al (2022). Global patterns of vascular plant alpha diversity. Nature Communications, 16
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